清水焼と五条坂陶器まつり

器は料理の着物で柄選びも大変だ

「祇園祭」に因んだ器も、蝉の泣き声がしだす頃には片付け、「大文字」に因んだものに取り替えられている。この時期の会食を京都の料亭で持つときの楽しみである。
季節毎に涼しげな器などに取り替えることは、料理屋を名乗る店ならどこもされている。

しかし、歳時記に合わせた器で出される店となると格付けを変えたくなる。
つまり、四季毎に換えるだけでも年四回、五節句を彩どるだけで年九回となる。

更に月毎の風物詩や歳時記を取り入れるとなると、器の選択、取替え出し入れ、保管場所などなど、それはそれは大変なことである。

そこまでの設えをして、料理を楽しんで頂こうとする店のもてなしに、客はその店の粋の文化を味わう訳である。

どんな趣向を凝らした器だろうか。去年と同じ色絵の柄なのか、掘り出し物の染付け柄に変わっているのだろうか。それぞれのお皿の調和をどう取っているだろうか。興味津々である。それ相応の支払いは当然というものである。
新鮮な素材そのものの味を賞味したいだけなら粋な器などいらない。

店構えも、空間も、客あしらいもいらない。素材だけで美味しいはずだ。

つまり、「料理は総合芸術だ」と、小生は常々思っている。
 そんな料亭の器の真似事は我が家の食卓にもある。

八月の「送り火」までは、台所の小皿の柄が「送り火」と同じものに替えられている。「鳥居の絵」「船形の絵」「妙法の文字」「大きい大の字」「小さい大の字」である。同じ「大の字」のいずれが「左大文字」で「右大文字」かを説明するのが、小生の毎夏の口癖となっている。

その小皿を出す際に、船形を落として壊してしまった。家の山の神を大層怒らせてしまうことになり、清水焼団地の陶器屋を梯子することを約束させられた。
おりしも「清水焼団地陶器まつり」が3日間行われており、「送り火の小皿」を探しに出かけた。

普段市内で買い求める値段の半額で清水焼の完品が買える上、傷モノ、半端モノなどの難モノが捨て値で出ているのも嬉しい。家庭で使う食器は上物の傷モノで充分に満足させてくれるものだ。完品であっても、使っていると直ぐに傷モノになってしまうことがある。但し、傷モノになると壊れやすくなるのを承知はしておかなければならないが。
「清水焼団地陶器まつり」では、清水焼の全ての陶器に出会うことができるといって過言でない。衝動買いで気に入った数点の食器類を買い求めたが、探し物の「送り火の小皿」を見つけることは出来なかった。そして、もう一つ残念なことがあった。

何かというと、「ちまき型の箸置き」を買い求められなかったことだ。

何故かというと、鱧料理を食べに行ったときに使われていた箸置きが「ちまき型の箸置き」で、それと同じものがあったが買えなかったからだ。

「これだ! これならお似合いだ。」と思った。

家で山鉾の絵付けのある大皿を使うときは扇子型の箸置き使っているが、毎年どうもしっくりこないと感じていたところに、あの料亭で出会った「ちまき型の箸置き」と同じものを見つけたのである。

ところが残念なことに、ひび割れていて且つ一つしかない。手に入れようと思っても、別注で焼いて貰わないといけないものである。結局手は伸ばさず、結果、ぬか喜びに終わってしまったのだ。

この清水焼団地には陶芸品50万点以上があるようだが、箸置きだけでも何百種類と目にすることが出来る。しかしお似合いは一つしかないことが、なおよく解った。
清水焼団地を訪れたときに、小生が毎度飽きずに拝見する焼き物は「ギャラリー洛中洛外」の2階の壁にある。その壁は「国宝・洛中洛外図屏風(上杉本)」を実物大で陶板にしたものだ。一見どころか数見を要するものであると思っている。お出掛けの折には覗かれることをお奨めする。
結局のところ、探し物二点は、日本最大の8月7日から始まる「五条坂陶器まつり」へ持ち越しとなった。
「五条坂陶器まつり」は五条坂の通り沿いに南北500軒以上の店舗と50万人の買物客で賑わう陶器市であるが、元来「若宮八幡宮(別名陶器神社)大祭(8/10)」で、氏子の陶磁器業者が集まり、陶祖神を祀る祭礼が行われているものだ。

つまり、清水焼を中心にして、有田焼、唐津焼、信楽焼など全国の焼物が集結している。

電球の灯りにやさしさが感じられる夕刻からのお出掛けをお奨めする。

京都山科/やきものの里/清水焼団地
http://www.kiyomizuyaki.org/

京焼・清水焼
http://www.joho-kyoto.or.jp/~kyoyaki/kiyomizu/index.htm

京都五条坂陶器まつり
http://www.toukimaturi.gr.jp/index.html