親鸞聖人の黄葉に銀杏を肖る

仏心と寺内が心の黄泉がえりを助けてくれる

連日猛暑日の続いた平成22年の秋のはじまりは、一転して冷え込みの日へと様変わりしている。早々と冬がやってきて、どんどん深まっていくようで秋がなくなるのではと不安になる。
TVニュースは野菜の高騰を告げ、熊や猿が山から民家に現れ、被害を報じている。
例年より紅葉も遅れているし、自宅のアケビの実のつきも悪く、山の木の実が少ないのだろうか。
一方、松茸は豊作だというし、近くの御射山公園のイチョウは、地面に落とした臭いで銀杏の鈴なりを毎日知らせている。

銀杏ご飯に炊き込んで貰おうと銀杏拾いにでかけることにした。
御射山公園の銀杏だけでも足らなくはないのだが、冬場に向けての保存用まで拾いたくなった。
市内の近場の公園でイチョウの木があるところにするか、近くの寺院にするか。
はたまた、イチョウ並木の街路樹のあるところにするか。
京都はイチョウの多いところであるが、一箇所でどっさりと拾えるところとなると・・・。

東京の粋な客人を連れて、京都案内も兼ねながらの銀杏拾いを考えると、東西の本願寺がうってつけである。西本願寺で伝説のイチョウの珍木と国宝唐門を見せて、東本願寺へ向かい、黄葉のイチョウ公園に包まれ銀杏拾いをする。
それから、持ち帰った銀杏を水に漬けおきし、銀杏ご飯は家内に任せ、幾分かを炭火で煎ってその夜の一献にと。
我ながらなかなか良い筋書きができた。週末が楽しみになってきた。

さて、堀川通を走ると塀内のイチョウが見える。
長い期間張られていた御影堂の養生幕も昨春外され、山門附近の養生も昨今取られたせいか、伽藍全体が見渡せすっきりとしている。

平成24年1月16日に宗祖親鸞聖人の750回忌を迎えるにあたり、大本山西本願寺、東本願寺はもとより、末寺の浄土真宗各寺院は年月をかけて堂宇の修復を行っている。

そして、西本願寺御影堂の足掛け十二年に及んだ平成大修復も終え、御影堂前の「逆さ銀杏」が以前のように威風堂々と御影堂を守る姿で見られるようになった。

多くの寺院の境内に長い樹齢のイチョウの大木があるのにお気づきだろう。
それは、お坊さんが銀杏を拾う為でもなければ、秋の黄葉を楽しませる為でもないのである。火をも消すと言い伝えられるイチョウの保水力に由縁がある。

御影堂前のイチョウの古木は、高僧が苗木の時に逆さに植えた為に横に伸びて広がったと言われ、「逆さイチョウ」の異名を持つ寺の名物イチョウだが、さらに伝説を持つ。
天明8年(1788年)、「天明の大火」の起こった時、何人(なんびと)の手をしても燃え広がる火を消し止めることが叶わなかった。
ところが、燃え盛らんとする炎に包まれた御影堂へ、堂の前にあったイチョウから、突如として勢いよく水が噴出したという。
その後も、「元治元年の大火(1864年)」の際に火の粉を浴びながらも、水を吹き御影堂を守ったと寺伝に残されている。

このイチョウのお蔭げで、堂宇の類焼は免れ仏像も守られ、御影堂の火は消し止められた。西本願寺が二度も大きな被害を食い止め焼失しなかったことから、人々は「逆さイチョウ」の別名を「水吹きイチョウ」と呼ぶようになっという。

樹齢三百数十年(1636年)を誇り御影堂を守る、幹周り6.5m高さ7m、枝周り30mの珍木「逆さイチョウ」と並んで、御影堂に連なる阿弥陀堂を守るのは、幹周り4m高さ16.5mの大イチョウである。ともに天然記念物と保存樹に京都市指定され、象徴的な境内の景色となり親しまれている。

大イチョウ二本の色づきは、例年東本願寺に比べ色づきが少し遅いから、東本願寺の黄葉を見損ねたとしても、青空に輝く黄金色の大イチョウの葉を楽しむことができる。

北門から入り本願寺献菊展を見つつ太鼓楼を案内した後、阿弥陀堂、御影堂と拝観し、大イチョウを堪能すれば、御影堂門を出て堀川通を南へ、塀沿いに北小路通を西に入ると「国宝唐門」の前に行き着く順路とした。
普段から人気のない散策路で、国宝「唐門」を手に取れるような間近に、独占して見ることができるところである。伏見城より移築された極彩色の唐門の西横には大玄関門があり、その南前に龍谷大学大宮学舎のイチョウが左右に聳えていた筈である。

正門右手の大イチョウは「区民誇りの木」に指定されていて、幹周り3.95m樹高25.5mもある。守衛さんに声をかければ中に入らせて貰えるだろう。

明治12(1879)年,龍谷大学の前身である西本願寺大教校(だいきょうこう)の施設として建てられた講堂は、和洋折衷の擬洋風建築で明治の雰囲気が漂い、その建築美とイチョウがよく似合い、思わずシャッターを切りたくなる場所である。

大宮通に出て花屋町通へと進むと、結局、お西さんを一周することとなり北門前に戻ってくる。花屋町通北の駐車場から大宮門の方を眺めると、これが西本願寺最後のイチョウの景色となる。

ここでひと休憩入れるなら、聞法会館地下のレストラン「もんぽう」の季節御膳か、堀川通東斜め向かいのカジュアルフレンチレストラン「むとう」の週替りランチを。いずれも割安で価格相応以上の美味さがよい。

それから、お東さんに赴くこととする。

東本願寺前の烏丸通を東西に分断したかのような大イチョウ群がある。それは中央分離帯のようになった公園である。知らない人はいないだろう。
京都駅前にあってのあの大木は、前を通過するだけの観光客でさえ印象に強く残る筈だ。
しかし、その大木の足元に広がる黄金色の絨毯を知る者は、京都人でさえ少ない。
あまりの美しさに絶句する。次に臭う。そして、ふさふさの絨毯を踏みしめ小粒の銀杏を拾いたくなる。

東本願寺前の黄色の園に足を踏み入れた者にしか理解できない感覚である。
一歩外にでれば車の喧騒の渦で、文明と自然文化の境界に現代の事実の見方を教えられる。
勿論そこだけではない。七条通から入った本願寺の南側に長い白土塀が゛続く。
その瓦の上に、濃淡のはっきりした黄葉の彩りが見事に舞っている。
ここにも見逃せない自然文化の記憶が残っている。

阿弥陀堂の縁にあがり境内を見渡すと、その塀の外が烏丸通とは思えない別世界である。イチョウとケヤキしか目に入らない。塀沿いの境内南側は銀杏が履き寄せられるぐらいに落ち積もっている。
(平成21年7月より阿弥陀堂は素屋根で覆われている。その南にイチョウの雑木林がある。平成23年御遠忌法要後修復工事開始予定である。)

どうやら、鳩は豆は食べても、銀杏はいらないようだ。小生らが銀杏に肖ろう。

浄土真宗本願寺は、東も西も黄葉を楽しませ、糧を与え、どうやら、心の黄泉がえりをさせてくれる場所である。