事始の風物歳時記

終わりの始まりが次の始めのはじまり

12月12日、今年の漢字は「輪」であると、清水寺森清範貫主の揮毫で発表された。
全国400か所に設置された応募箱に投函された約25万票の中で、9518票を得て最も応募数の多かったのが「輪」、2位は「楽」、3位は「倍」という結果であった。
「輪」を選んだ理由として、「東京五輪の開催が決定されたから」、「皆が1つの輪になり富士山の世界遺産、東北楽天の優勝」というコメントが寄せられたとある。

実に平和でお気楽な、意外な文字が選ばれたというのが正直な感想である。
小生の理解としては、「輪」をもっと尊ばなければならないという主旨、願望から選ばれたと解釈したい。
同じ今年の一文字漢字に、「ネット今年の漢字」というのがある。清水寺の発表を前に、最も今年に相応しいネット界の漢字に選ばれたのは「激」であった。
投票総数が僅か千票とはいえ、こちらの方が何故かしっくりとする気がする。

とはいえ、日本漢字能力検定協会と清水寺の「一文字世相漢字」は数えて19年目を迎え、すっかり現代歳時記となり、一年を総括するいい機会を与えてくれている。

勿論師走の京都には、時を経ても変わらずに淡々と行われている行事が多くある。
あまねく出掛けるようにして、新しい年を迎える心の準備に励むようにしている。

翌13日は、事始である。事始とは正月の準備を始めだす日のことである。

その準備は様々であるが、くる年の神様である歳神様(としがみさま)をお迎えする為の煤はらい、煤はきは欠かせないものである。また、門松やお雑煮を炊くための薪など、お正月に必要な木を山へ取りに行く習慣もあった。これらは薪が燃料であった時代の習わしの名残である。
煤はらいは年末の大掃除に当るが、現代では大掃除をしないところもあるようだ。
最も、燃料を自前で調達することなど、その能力が退化してしまい、現代人では誰一人として出来ないかもしれない。

儀礼廃止とかで衰退しているお歳暮だが、京都では、事始の日にお歳暮を贈るのが常であった。今では、昨年の送り先名簿を準備してくれて、早くから割引特典まで付けて百貨店などが煽るので、事務的な運びに陥りやすく、感謝の心が薄れてしまうことさえある。

事始の日、花街や旧商家などでは、「おめでとうさんどす」「おきばりやす」と挨拶を交わし、それから大晦日までは「御事多さん(おことうさん)」という挨拶を交わす。13日は正月準備の皮切りの日で、あれやこれやと遣ることが多いことから交わされている京言葉である。
その「おめでとうさんどす」「おことうさんどす」の声が聞きたければ、祇園甲部へ向かうとよい。祇園の芸舞妓さんが石畳に格子戸の町並みを往く姿が見られる。師匠宅やお茶屋さんなどに挨拶まわりをする彼女らの道中、出入りを眺める訳である。

祇園新橋の辰巳神社前に差し掛かると、黒山の人だかりである。
人だかりはというと、カメラを持つ人達がほとんどで、車も通れないくらいである。まるで写真撮影会さながらである。

白川に架かる巽橋を往く着物姿の列、小生はこれを新橋の袂から写真に収めたいのだが、見物客や自称カメラマンらしき者が橋に腰を掛けている。
儘為らぬと、新橋、新門前界隈をぐるぐると歩きながら、芸舞妓の挨拶まわりを待つことがしばしばであった。

朝陽を受けたお茶屋の引き戸の開くのが見える。立位置からは少し離れている。姿は見えるが、挨拶の声は聞こえない位置である。
その茶屋の前も、既にカメラ軍団が占拠し、その辺りを仕切っている様子の年配者は写真家のようであった。

辰巳神社の北側に、新橋通から新門前通に通り抜けられる路地がある。ここもポイントであるが、粘り強く陣取っているカメラが両通りの出入り口に並んでいる。
そこへ自動車のクラクションが、けたたましく鳴り響く。仮に、カメラが鉄パイプであったらと想像すると、恐ろしくなるほどである。

自動車が正しいのか、通行止めにしていないのが間違いなのか、判断に戸惑う点ではあるが、祇園の事始の花街も変わったものである。この分なら、見物料や撮影料を支払う時がやってきても、可笑しくはないだろうと思う。

それでも、綺麗どころの姿が見えると、気分は一転して、和んでくる。

祇園事始めの、いの一番は京舞井上流へのご挨拶である。
家元井上八千代宅への挨拶が、これからか済ませたかは、歩く芸舞妓の手元を見れば分かる。新しい舞扇の入った箱を携えていれば、京舞お家元への挨拶を済ませている標となる。
続いて、謡、三味線、鼓太鼓などの師匠宅や、日頃お世話になっているお茶屋などなどと、ご挨拶まわりは続くのである。

お弟子さんから井上流家元に贈られた鏡餅を前に、家元からお弟子さんにご祝儀として舞扇が手渡される様子を、誰でもが見ることはできないが、艶やかな着物姿だけではなく、是非、この習わしの心根を映しとり、伝えて貰いたいものである。

正午を過ぎれば、そろそろ天神さんに向かうがよい。
大福梅が授与される初日で、朝八時半からである。一週間以内に授からないと、終い天神の日では無くなってしまい、授かれないことが多い。

この大福梅は、芽出度く新年を迎えた元旦の朝、祝膳として初茶の中に入れ、招福息災を願って飲む京都の習わしである。村上天皇の御代(951年)より千年以上も続いているものだ。
小生は、北野天満宮の梅林で採れた梅であることの有り難さと、歴史に残る縁起物として、大福梅に屠蘇、祝い箸を毎年授かっている。

冬紅葉が残る天神さんの陽射しは眩しく、ゆったりと時が流れる。

事始の風物歳時記巡りは始まったばかりである。
20日には東西両本願寺で、21日には八坂神社で、「煤払い」がある。
終い弘法、終い天神と、「をけら詣り 」まで、東奔西走の日が続きそうである。

今年の漢字 一覧 (日本漢字能力検定協会)
http://www.kanken.or.jp/project/edification/years_kanji/history.html

おことうさん (京に癒やされて)
http://kyoto-brand.com/read_column.php?cid=5059

舞妓の四季 祇園事始め (祇園商店街振興組合)
http://www.gion.or.jp/maiko/#huyu

北野天満宮
http://www.kitanotenmangu.or.jp/top.html

八坂神社
http://web.kyoto-inet.or.jp/org/yasaka/index.html