桜見に曲水宴

散り逝く桜花、神泉の流れに平安の世界観を見る

毎年四月の第2日曜に「曲水宴」がある。

先日のその日の朝は早くに目が醒めた。
始まりの午後1時には充分な時間の余裕があるが、上賀茂神社までの道中を思案しながら出支度を整えだした。

幾通りか思い巡らしていると、ふと、藤原定家(1162〜1241年)の名が過ぎった。
どうしてなのか皆目解らぬが、定家に縁のある場所へ午前のうちに訪ねてみたくなった。
絞り込んだ先は、小倉百人一首が編まれたと伝わる定家の山荘「時雨亭跡」である。
となれば、向かうは小倉山二尊院である。

喧騒の嵐山渡月橋を尻目に二尊院総門前の駐車場に辿り着く。

角倉了以の寄進である総門は存在感のあるもので、門札の書体とその色は、小生の好奇心と期待感を更に膨らませた。

総門は大きな額縁のようでもある。本堂へと続くもみじの馬場を背景に、咲き零れる紅枝垂れ桜が描かれていた。

本堂の前庭にある紅枝垂れも山桜も満開である。
ご本尊の釈迦如来と阿弥陀如来に手を合わせ、奥山の時雨亭跡を訪ねる旨を二像に語りかけた。

お参りの後、鐘を撞かせてもらった。三度撞くたびに合掌する。

鐘楼から響きだす鐘の音は小倉山から嵯峨の里にまで届いているだろうか。

一度ずつ鐘の余韻が途絶えるまで合掌していた。

その余韻は心の底まで届いているのか、心で聞いているのかと、戸惑うほどに染み入ってくる。

道案内に従って山の中腹へと続く石段を上った。

石段の両脇には、時代ごとの様々な形、様式の墓標が並んでおり、まるで平安時代より続く博物館のようである。どの墓石にも由緒ある家系の名が刻まれていた。

上り詰めたところに法然上人廟の寂れた祠が立っていた。それを右手に見て百メートルほど続く杉木立を抜け、時雨亭跡に着いた。

小生以外誰一人としていない。
小倉山を背に、二本杉とその間に山荘の礎石が残っているだけである。

木立の間から下界が垣間見られた。

春霞でぼやけているが、目を凝らすと、遠くに京都タワーと東本願寺がわかる。ウグイスの鳴き声が聞こえ、こだましている。
右手前下あたりに桃色の塊がある。どうやら嵐山の桜のようだ。

京極中納言と呼ばれた冠職を持ち歌人である定家は、鎌倉時代にこの景色を見ながら、この場所で小倉百人一首を取りまとめ、自らの歌は九十七番に収めた。

「来ぬ人を まつほの浦の夕凪に 焼くや藻塩の 身もこがれつつ」

いつの世も変わらないであろう乙女の恋心を詠んだ和歌を口ずさみながら、しばし時雨亭跡で過ごした。二尊院の鐘の音が時折聞こえてくる。

もう少しその場にいたかったが、上賀茂での曲水宴の入園券を手に入れるのに並ばなくてはならず、いつまでも佇んでいるわけにもいかない。
きぬかけの径を避け、丸太町通を東へ、河原町通を上り、葵橋から御薗橋まで賀茂街道を走った。

半木の道の紅枝垂れが見頃に入っているが、鴨川沿いのソメイヨシノは散り始め若葉を見せていたので、少し寂しい気分で上賀茂さんに着いた。

一の鳥居の先に、薄紅色のソメイヨシノを背景にして、大きな紅色の球のように「斎王桜」が浮かんで見えた。
先週満開で薄紅色の花をつけていた「御所桜」はすっかり若葉の葉桜となり、隣の斎王桜と対照的である。

二の鳥居前の右手には「風流桜」が満開、鳥居内の「みあれ桜」は紅枝垂れと立砂とをあわせ見ると更に栄えて見える。

楼門前の「賀茂桜」も満開上々で、朱の門とその淡い桃色が実にお似合いである。

まだ春は盛りであると胸を撫で下ろし、浮かれ気味になった。

その気分のまま、普段閉ざされている「渉渓園」に足を運んだ。
曲水宴の催しは先着順で500名を上限に一般入園が許されているが、どうやら間に合ったようである。

賀茂曲水宴は、十二単衣を身にまとった斎王代の陪席のもと、曲がりくねった小川の流れに酒盃を浮かべ、その宴に集まった文人達が、盃が自分の前を流れすぎる前に和歌を詠むという風流な宴として、王朝貴族の間で親しまれた雅な遊びで、寿永元年(1182年)に神主の重保が行ったのが起源とされ、平安の世界観を再現した催しである。

晴天の下、渉渓園は木漏れ日が射す緑の庭であった。

宮廷装束の鮮やかな色彩が馴染む光景にまず目を奪われ、雅楽の演奏が更に雰囲気を盛り上げている。

詠まれた歌は、五・七・五 七・七のリズムに乗せて、抑揚のつけられた独特の節回しで吟じられた。

長閑な空気が園内に広がり、誰もが心地良い顔色をしている。

今まで和歌は目で見て、文字で読み解釈することしか知らなかったが、その昔は耳で聞き、心に感じるものであったことに気づかされる。

悠久の時の流れを感じさせ、吟詠されていたのは、いみじくも定家の子孫にあたる冷泉家時雨亭文庫の方々であった。

二尊院での鐘の音、曲水宴での吟詠を、散り行く桜を愛でながら、心の耳で聞けるようになりたいものである。

心に感ずるように。

公益財団法人 冷泉家時雨亭文庫
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