タケノコ  黒子・白子

旬の筍を食せるところとは

茹でた筍を切ると白い粉が出る。
この白い粉が脳を活性化させ新陳代謝を活発にさせるチロシンだそうだ。
筍は、便秘解消に効果のある食物繊維のセルロースが豊富であり、体内塩分を排出し血圧を安定させるカリウムが、野菜の中でもトップクラスであると聞く。
その白い粉は旨味の素だし、歯ざわりの良さはセルロースのお陰であるから、大事に食していただきたい。

さて、元来京都は食材に恵まれていない土地柄である。
新鮮な海の幸にはほど遠く、塩干物に頼らざるを得なかった。
しかし、それが功を奏して、調理技術や工夫の文化を育み、繊細な味覚を作り出したといえる。
一方、京野菜に見られるように、栽培や品種改良によって、京都ならではの多くの野菜も生み出した。そのひとつに筍が挙げられる。

筍など竹薮の中で勝手にいくらでも出てくるではないか。
雨後の筍というが如し、などと言うなかれ。
日本の多くの筍の産地の竹藪は山土か砂地であり、えぐみのある皮の黒い筍(黒子)しか生えてこない。灰汁抜きをしないでは食せない。
しかし、京の筍は、さっと湯がいてお刺身でいただけるのである。
灰汁やえぐみで喉を刺すことがほとんどないのが、京白子筍なのである。
白子筍は野生種ではなく、手間暇かけた栽培種なのだ。

そもそも洛西一帯の竹薮(塚原、大枝、物集女)は、「粘土質」で「酸性」の土壌である。
つまり、粘土質のため地表になかなか出てこられず、地中にいる間に灰汁が抜ける。そのため喉を刺すえぐみが取り除かれていて、白い姿で甘くやわらかくなるのである。

ご存知のように、筍は竹の根である地下茎から芽を出して、筍の栄養は親竹から採っている。そして毎年同様に繰り返され、地下茎はその領域を広げ、更に芽を出している。
また、筍の皮一枚が竹の節の一つに成るというから、筍の皮の数と成長した竹の節の数は同じだ。動物の親子には比べものにならない位にクローン状態だといえる。
このことは、同じ親竹の筍の味わいが、毎年保たれている由縁のひとつになっている。
美味しい白子筍は、選ばれし筍であり、限られし筍なのである。

そのような筍だけに収穫にも神経が使われる。
地割れが現れ、筍の穂先が地表に出るまでに、「ほり」という京独特の農具で、傷をつけないよう、朝掘りにて掘り起こすことが必須なのである。
掘り起こされた筍が朝堀りの最上級品であるか否かは、穂先の色で判別することができると聞く。
掘り起こす筍を見つけ出し、朝掘り筍として出荷できるような一人前になるには、最低十年はかかるという。
たかがタケノコ掘り、されどタケノコ掘りである。

勿論、一人前の筍掘りは年中竹薮の手入れは欠かさない。
なかでも、冬の「敷き藁」に「置土(客土)」は絶対必要条件だそうだ。でなければ、白子筍のやわらかさが保てない。正月頃には同じ竹薮の土を削って、細かく砕き、藁の上に巻き被せなければならないのだ。実に厳しい冬の農作業なのである。

この農作業に耐え、限られた美味しい筍を生産しているのは、西山丘陵地の農家だ。
洛西大原野、大枝の里は、古来より竹の産地であった。それゆえ数多くの京銘竹、京の伝統竹製品を生み出してきた。
そして、明治以降に、向日神社の氏子地域一帯には、「孟宗竹」が一斉に植えつけられた。竹に関わる地域振興の一環であった。向日神社の氏子地域とは長岡京市、向日市を経て山崎までと広域である。
以来、桂川の右岸一帯の西山断層帯によって隆起した丘陵地は、時を経て、筍を特産品とすることになった。

こうして、京都府内の筍の生産量は全国の1割を占め、白子筍は日本一の味を誇っている。

古来より、筍は日本人の大好物であったようだ。
「古事記」の一節に、筍を食するようになった次の下りが記されている。

『イザナギは、黄泉の国から逃げ帰る時に黄泉醜女(よもつしこめ)に追われました。 その時に髪に刺してあった櫛(くし)を投げつけたところ、その櫛が筍になり、 黄泉醜女がそれを引き抜いて食べている間に逃げました。』

イザナギを逃がしてしまうほどに美味なる筍は、白子だったのか黒子だったのだろうか。

京都市洛西竹林公園
http://www17.ocn.ne.jp/~park/

筍 おいしいねっと (食材大辞典)
http://www.o-e-c.net/syokuzai/takenoko.htm

たけのこ会席 錦水亭
http://www.kinsuitei.co.jp/

京料理 筍亭 
http://www.juntei.jp/top.html

京筍と食文化 (日本料理 竹茂)
http://www.chikumo.co.jp/original.html#s-01