傍目八目:世の中、見方違えばこう変わる。

みんな、日本が平和であってほしいと願っているはず・・・

私は昔から政治なるモノにあんまり興味がなく、だから支持政党もありません。理由は極めて簡単、当たり前のことですが特定の政党や候補者の考えや政策が私の考えや信じていることと常に一致しているということがあり得ないからです。もう少し言うと私は日本が好きです、この感情は「愛国」という表現よりも「日本好き」という表現のほうがしっくりします。日本が健全に歩んでいくためには右系と左系、保守と革新のバランスがうまく取れている必要があると信じているからでもあります。

そんな私ですがこのところ喧々諤々の論議が交わされている安保法案、こればかりは安倍政権の味方です。私は政治家でも官僚でも学者でもない、ただの「日本好き」、だから各論・詳細に関して知識不足の面も否めないし、残念ながら総論でしか語れないのではありますが・・・。

まずこの法案、野党の煽動によるものか、マスコミの暴言(言論の自由を言い訳にした表現)によるものかは知りませんが、国民の反対を煽ることが丸見えの下心で「戦争法案」と呼ばれています。この法案の柱は、言うまでもなく「集団的自衛権行使の限定容認」なのですが、自分の責任を投げ出し、国民にその判断を丸投げしたギリシアのチプラス氏のマネをしたのか、民主党はじめ野党各党は「安倍政権対国民の直接対決」の構図をつくれば廃案に持ち込めるのではとやっきになっているように私の目には映っています。

私が住んでいるトルコは兵員力ではNATO加盟国では第2位の軍事力をもっています。そして徴兵制度のもと成人男子は全員、一定期間の兵役義務があります。当然、嫌われている制度ではありますが、この経験が、自国を知り、自国を愛し、自国を自分たちの手で守るという意識を育みます。
しかし現在、北は黒海を挟んでウクライナ、東にはイラク、東南にはシリア、南にイスラエル/ パレスチナ、エジプト、リビアなどの戦乱・騒乱真っ只中の国々に囲まれており、国境付近では諸問題は常に発生してはいますが、軍事力があるからと言って短絡的に戦争が勃発するというものではありません。そしてトルコ軍のもつこの軍事力(自衛力)のおかげで国民は平穏に生活することができていたのですが、シリア国境の街スルチでISが関わるテロが発生、32名の犠牲者、100名を超える負傷者が出たことで事態は急展開、これまでアサド政権打倒を最優先課題としてISの動きを看過してきたトルコが即刻、報復攻撃を開始しています。

今から40年くらい前に「日本は水と安全が無料の国」と言われていたことを覚えています。
GHQが起草したように言われている日本国憲法(日本が主権を回復したのが1952年だったので起草していなくても大きな影響を与えたものであることには間違いない)のもとで「安全」はアメリカにオンブにダッコ、その庇護のもとで経済復興、発展を遂げることができたわけです。おかげで日本の政治家や官僚は富の配分だけを考えていればよかったのですが、その裏で平和ボケの政治家や官僚、そして国民を生み出してしまったのも事実であります。
同時にそんなヌルマ湯に浸かっているうちに激しく流動する世界の動向が見えなくなってしまった様子は、戦前、日本の軍部が世界の動向やアメリカのチカラに関して盲目であったのと逆の意味で同様の状況であると思っています。

一方で憲法学者の先生方によるこの集団的自衛権行使の限定容認に対するコメントは違憲論が大勢のようです。一部の先生方の話はまるで憲法のために国民があるようにも聞こえてきます、グローバルにモノを考えられないというか、とんでもない憲法バカです。彼らの話には「日本が国際社会の中でどう生きていくか?」ということがこの安保法案の論議の根底にあるにも拘らず、国連憲章の「こ」も出てはきません。

その上、PKOとの取り違えではないの?と思える発言もしばしば・・・改憲も併せて視野には入っているようですが、改正以前の問題として、その解釈は時代の変化などに応じた柔軟なモノであり、主権をもつ国民のためのモノでなければならないと考えます。1954年には東西冷戦の進行に対するために、憲法発布時には考えられなかった自衛隊が設置されている事実を知ればその解釈のあり方がどうあるべきかが理解できると思います。

併せてこれまた大騒ぎになっている沖縄の米軍基地問題、米国から沖縄が返還されて以降、この基地のおかげで我が国はもとより東・南シナ海から遠くはインド洋までの国々の治安・秩序が守られてきました。もう少し突っ込んで言えば、米軍基地がなければ、或いはなくなれば反対運動をしている人達以上に大喜びする国があることに気がついていない人が多いようです。尖閣諸島と同様、中国が「沖縄は琉球王朝の時代から中国の属国であったから、中国の領土である。」と言い出すことは自明のことです。

しかし沖縄県知事は残念ながら、中国に魂を売り渡し、中国に利することしか念頭にない翁長雄志氏で、同氏の言動(李克強首相との会談時や県内の基地反対集会での発言)は、無知の県民に表面的なデメリットを強調するだけの正に国賊のもの以外のなにものでもありません。またこの文章を書いている最中にもふたつのことが頭をよぎっています。ひとつは、翁長知事が9月に国連で辺野古問題について演説をする話が進んでいることです。私は、これは常任理事国である中国がお膳立てをしたものと思っています。

日本の県知事が、いかに国際情勢に盲目なのかを露呈するだけの恥さらしのこの行動には日本国民の多くががっかりしているものと思っています。二つ目は中国が日本との条約違反を犯して開発しているガス油田ですが、この映像にしても私の目には軍事用ヘリポートにすぐに転用できる施設にしか映っていません・・・・・中国政府の「公式発表」では中国の年間軍事費は17兆円です。そういう意味でも、沖縄にはグローバルな視野をもって真剣に沖縄の利益、日本の国益を考えられるリーダーの出現が求められているのは火急のことだと言わなければなりません。

最後に、まず自国の安全を守り、恒久的平和を実現し、国際社会において多角的に貢献することは、一部の例外を除きすべての国家が願っていることは衆知の認めるところであると信じます。簡単に言えば、自国の守り方には(1)同盟国と協調・協力して守る方法と(2)自国のみで防衛力をもつ方法しかありません。
現時点レベルの防衛力を仮にアメリカとの同盟関係なしに我が国独自で達成、維持する場合の費用を試算すると年間約23兆円の防衛費が必要という結果が出ています。(現時点での国防費は約5兆円)そんな経済力は残念ながら現在の日本にはありません。
そして一番理解に苦しむのは、今回の「集団的自衛権行使の限定容認」に反対する人の中に沖縄の基地問題に反対する人たちが多く存在するということです。それも幼稚園レベルの甘え、ワガママいっぱいの・・・同盟国には一切協力しないけど(沖縄から出ていってほしいけど)守ってはほしい。表現にいささか問題はありますが、「家には来てほしくはないけど、お手当はほしい。」アメリカのお妾さんであり続けたいと思っているのか、それとも翁長さんのように沖縄県の庇を中国に貸して母屋を取られるリスクを冒そうとしているのか?

 数年前、「日本はNATOだからな。」とフランス人の友人に言われたことがあります、首を傾げる私に「No Action Talking Only」とニヤリと笑いながら・・・ 今回、この安保法案が衆議院を通過したことに関して、反対もしくはネガティブなコメントをしているのは民主党はじめ国内野党と中国・韓国です。その他、国際社会ではアメリカはもとよりヨーロッパ、中南米、中近東、オセアニアからはポジティブなコメントをもって歓迎されています。時代は大きく、目まぐるしく動いています。我が国政府にはそのトレンドを一歩先んじて読み取り、国益に叶い、国民の安全・平和に寄与する柔軟な舵取りを為し、併せて国際社会の一員として世界平和に貢献できる国家運営をしてほしいと期待しています。それ故に、ここは日本国民として集団的自衛権を確立し、国際社会のリーダーの一員としての1歩を踏み出すべき時であろうと考えてやみません。

2015年7月27日 – 3:45 PM