傍目八目:世の中、見方違えばこう変わる。

橋下発言に思うこと

のっけからなんですが・・・・私が子供(小・中学生)の頃、「パンパン」という言葉を耳にしたことがあります。当時は意味が解らなかったのですが、敗戦後の日本に駐留する米軍兵士相手の売春婦を指して、そう呼んでいました。中にはお妾さんのような暮らしをしている女性もいたようです。自分の意思で、それを自分の仕事として選んだ女性もいたでしょうが、その多くは戦後、食うや食わずの時代、生きていくために止むを得ずそんな道に入った人が多かったことと思っています。

388443今回の韓国人従軍慰安婦に関しての橋下発言に対し「女性の人権を無視した。」と大きな波紋が起こっていますが、果たしてそうでしょうか?確かに「現代」のモノサシで言えば「その通りだ。」と首肯できます。この問題は戦時中のことであり、当時日本が、世界各国がどうであったかというモノサシで論ずるべき問題であろうと愚考しています。例えば、日本の婦人参政権は終戦間もない1945年にマッカーサーが当時の日本政府(幣原内閣)に「参政権の賦与による女性の解放」を指示して生まれたものです。韓国にいたっては、日本におくれること3年、1948年に婦人の参政権が認められています。それほど、当時と現代とでは「女性への認識」に関して大きな隔たりがあったわけです。

当時の韓国人従軍慰安婦の実態を想像してみると・・・・・・カネ儲けをしたくて慰安婦になった女性、戦時下、生きていくために慰安婦になった女性、そういう女性を募集して日本軍に売ることでカネ儲けをしていた韓国人(業者)、戦争中の生活・風俗と言う意味でいろんな姿が見えてきます。もうひとつ、オランダなど、現代でも売春が合法化されている国であったら、こういう問題はもっと違った形で表れていたのでは?と思ったりもします。しかし、ここで私がひとつ気になることがあります。それは、「日本軍による強制連行」という言葉です。これは事実であったのか、そうでなかったのでは根本的な違いが存在します。この事実は是非とも確認する必要があることだと考えています。

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戦後、高度経済成長を成し遂げた日本人男性諸氏は、韓国はじめ台湾、フィリッピン、東南アジア諸国へ買春行脚に出かけるようになりました。最近でも中国の珠海で、日本から「慰安」旅行に出かけ集団買春を行った日本人が当局に検挙され、国外追放になった事実は記憶に新しいところです。言うまでもなく日本人の行為は、その国の人には決して良い印象を与えてはいません。

この国でトルコ革命が成立したのは1923年のことです。植民地政策で覇権をなしたオランダ、ポルトガル、スペイン、そして英国などが植民地各地で湧きあがる民族自決主義にその政策の終焉を予感していた時代に、日本は植民地政策に乗り出していたわけです。当時の日本政府の政策がいかに「井の中の蛙、大海を知らず。」であったかと思い知らされるばかりです。