【言っておきたい古都がある】

仏の迷い道(その7)

~肉体の欲は断ち切りがたし~

 みなさま、新年おめでとうございます。
 と言っても本稿がアップされるのは5日の火曜日の予定なので、ちょっとタイミングがずれているかもしれません。
 何はともあれ、本年もよろしくお願いいたします。

 さて、昨年から年をまたいで続いているシリーズ、江戸時代の笑話集『きのふはけふの物語』をネタ本にしてその当時の仏教界を笑いながら社会の様子を垣間見る試みであるが、年末はちょっと仏教界の揶揄に走りすぎたきらいがあった。年の初めという事で、今回はもっと社会の様子についても言及しよう。
 まずは「上(拾遺)の20」に記されたエピソードから。

 あるお金持ちの家に娘が二人いた。姉は18歳で妹は15歳。あるとき父親が家の祈祷坊主であった比叡山の高僧に

「自分は息子を持たなかったのが心残りである。何とかして娘を男に出来ないか」

と尋ねたら、その高僧が

「そんなことは簡単である。変成男子の法で娘御お二人のうち優れた方を男に変えてみせよう」

と請合ってくれた。
 それで早速、二人の娘をその高僧に預けたと。
 高僧は二人を下の坊(本坊から離れた所にある坊舎)に連れて行くと別々の部屋に住まわせ、思いのままに『淫らな行為』を繰り返していたのであった。
 さんざん弄んだ挙句、飽きてきたら二人を家に帰したのだが、そのときのこの高僧の曰く

「どんなに祈っても男には変えられなかった。これは前世の因果である。諦めろ」

 これを聞いた父親は娘たちに「どんな祈りをしたのか。それとも手を抜いたのか」と尋ねてみた。すると妹娘が答えて、

「お坊様も一所懸命に祈られました。昼といわず夜といわず、私の下半身にしじ(陰茎=男根)を植えつけようとされましたが、植えつきませんでした」

 さらに姉娘が

「でも、あれでは植えつかないと思います。逆さまに(亀頭の方から)植え込んでこられましたから」

と言ったのだとさ。

 江戸時代には「祈祷坊主」というのがいたようだが、これは特別なことをする坊さんではなく、普通の「月参り」に来る僧侶のことだろう。お金持ちの家だったから位の高い僧侶に毎月お参りに来てもらっていたわけである。
 「変成男子の法」というのは『法華経』にあるようで、「竜女が釈迦の教えにより男子となり、悟りを開いた」という話。
 それで「男に生まれ変わらせてやる」と言いながら、仏法の祈祷ではなく自前の亀頭を駆使していたわけだな。
 
 徳の高い坊さんでもこんなことをする。いわんや庶民をや。
 「上(拾遺)の18」にはお坊さんとは関係なく、一般人のエピソードが収録されている。

 ある夫婦が昼間からセックスをしようとしたのだが、子供が邪魔であった。
 そこで子供たちに「川で鍋を洗って来い」と命じた。
 これでしばらくは帰って来ないと安心し、家の中で昼間から「夜の行為」に及んでいたのであるが、何とその真っ最中に子供たちが帰って来てしまったのである。
 父親が「お前ら、何でこんなに早く帰って来た!?」と叱ると、兄息子のほうが、

「今日は昼間からエッチする人が沢山いるみたいで、川は鍋を洗う子供で一杯だったから、仕方なく洗わずに帰って来た」

 家が狭くてセックスをするにも子供の目と耳を気にしなければならなかったというのは、現代にも通じる話かもしれない。
 何はともあれ、聖も俗も下半身の煩悩だけは如何ともし難いようであります。
(来週に続く)

【言っておきたい古都がある・167】