【言っておきたい古都がある】

はばかりながら、はばかりの話をします

〜公衆トイレを洋式化せよ〜

先日、久しぶりに至言を聞いた。旅を充実させる三要素は「天気と元気と現金だ」という。なるほど、この三つが揃えばどんな旅でも怖いもの無しだろう。
しかし、この三つが揃っていてもどうにもならないものがある。

トイレ!

公衆トイレに飛び込んだとたんに紙が無いのに気づくという「悲劇」を味わった人もおられよう。
行政当局も一所懸命お掃除をしているのだろうが、中々追いつかないのが現状なのだろうと思う。まあ、最近では「公臭トイレ」という悪口は聞かないが。。。
しかし京都は「国際観光都市」なのである。客観的な基準は知らないが、そう自称しても誰も異議は挟まない。
そして公衆トイレのあの「和式」の個室は外国の人にとっては今でもカルチャーショックなのではあるまいか。「国際観光都市」を標榜するのなら公衆トイレの洋式化は急務ではないか。いくらなんでも外国人観光者が和式のトイレに入って異国情緒を感じるとも思えない。
私は声を大にして言いたい。

公衆トイレを洋式化せよ!

京都駅の地下街ポルタはウォシュレット付き、伊勢丹もそうだが何故か狭い。日本中の伊勢丹がそうなのか京都駅の伊勢丹だけなのかは知らないが、あの個室の狭さは西洋の人にはかなり辛いのではないかな。
女性用の実態も調べたかったが、見つかったら「調査」と言っても信じてもらえず変態扱いされる可能性がある。翌日の新聞に「谷口が女性用トイレで盗撮」などと書かれようものなら大変な冤罪である。涙を呑んで諦める。
快適なトイレの要素は清潔さであるが、公園や道路沿い、図書館のトイレが和式ばかりというのは如何なものか。和の伝統を守るのは大事だが、公衆トイレに関しては和の伝統から離れても良いのではなかろうか。

この問題さえ解決されれば、少なくとも京都の公衆トイレは中々の優れものが多いのである。
まず最初の写真を見ていただこう。
ん? これはどこかの武家屋敷の長屋門か、と思ってしまう人もいるかもしれないが、何を隠そう(別に誰も隠してはいないが)これは高台寺公園にある公衆トイレである。
先頃、京都市は公衆トイレにも命名権を設定したが、そのうちのひとつがここ。高台寺公園公衆トイレ「京都東山トイレ診断士の厠堂(かわやどう」である。
ちゃんとその看板もある。
ユニークなのは男女の別を着物姿をイメージしたイラストにしていること。
しかもここは「グッドトイレ・デザイン賞」に輝いているのである。受賞したのは京都市環境局。役所にもこういう遊び心があるのだ。しかし「日本トイレ協会」というのがあるんですね。
何はともあれ、外見にこれだけのことが出来るのだから、中身のほうは洋式にすればそれこそ「和魂洋才」の実現ではないか。

グッドデザインはここだけではない。
賞こそ受けていないが伏見には酒蔵をデザインした公衆トイレがある。土地の文化に敬意を表しているのだな。
嵐山にはやはり「それらしい」公衆トイレがあった。
陰気臭さをなくし、利用し易い外見になっているのに、中身が古式ゆかしい金隠しではね。。。

それと、意外と気づかないが、京都市の公衆トイレには「多目的便所」もあるのだ。
「多目的」って、便所の中でいわゆる「用を足す」以外に何をするというのか? 濃厚なキスでもするか? 「あなたと私は臭い仲」とか。
そうそう、最近、トイレの中で弁当を食べる女性がいると聞いたが、本当なのだろうか。それだけトイレの中が清潔になったという事だろうが、本来の目的以外のことで占拠されたら本当に「したい」人が困るのではないか。
ところで、この「多目的便所」のイラストを見ると、「多目的」のひとつは恐らく子供のオムツ替えのようである。

京都のトイレで見のがせないのは東福寺の東司。何と言っても重要文化財のトイレである。一般の人が普通に利用できないのは残念であるが。
もっとも、内部を見ればこれはもう「洋式化以前の問題」で、たとえ「ご自由にご利用ください」と言われても、中々やりづらいものがあると思う。

最後に「古さを誇る」東福寺の重文トイレとは対局にある西本願寺の「新しさを誇る」トイレをご紹介する。
便器がウォシュレットなのは当然。問題は手を洗う所。
石鹸と水が出るのは当たり前だが、手を乾かす温風もその場で出るのである。
お見事。
写真は出来たばかりの時のものだが、よく見てもらいたい。全体を写した一枚の左上に石鹸が置いてある。ちゃんと石鹸水の出口もあるのに何故?
実はこんなハイテクだとは知らない信者の人たちが、3年ほど前にこのトイレが新しくなった時、石鹸箱を寄進したのである。お寺の側も「そんなものなくても石鹸水が出るようになってます」とも言いにくく、ありがたく受け取って手洗いに置いたのだという。やはり善男善女のご好意は無に出来ませんね。但し今はもう取り除けられてなくなっている。

全ての公衆トイレがこの西本願寺のようになれとは言わない。昨今、公共事業の無駄遣いには風当たりが強いようだが、公衆トイレの洋式化に必要な予算というのはハコモノを建てるのに比べたら微々たる物だろう。早急に善処してもらえないものか。

【言っておきたい古都がある・54】