【言っておきたい古都がある】

謎解き・首塚大明神

〜今明らかになる、酒呑童子の正体!?〜

国道9号線の老ノ坂峠にある首塚大明神は、平安時代に源頼光によって退治された酒呑童子の首が埋められた場所として伝えられている。いつの頃からか、心霊スポットとしての知名度も高く、鳥居をくぐると呪われるという話や、心霊写真がよく撮れる場所としても有名。

首塚大明神

首塚大明神

また、神社に訪れると様々な呪いにかかると言う人もあり、かなり危険な場所として喧伝されたりもする。
特に本殿前の鳥居は一説ではこれをくぐると祟られると言われているが、サンプル不足にて特定できる現象ではない由。つまり、「祟られる」といわれながら、実際に「祟られた」と称する人がほとんどいないということか。

首塚大明神

首塚大明神

さらに、ここで死体が発見されたことがあるかというと、そんなことも無い。
心霊ブームが来た時などにデッチ上げの一つや二つあってもよさそうなものだが、どうもなさそうである。ひょっとして、本当に祟られそうだからオカルト好きのテレビ局も行かないとか。。。

そもそも酒呑童子とは何者か?

酒呑童子とは、平安時代の京都付近で暴れまわったとされる日本史上で最大最強の鬼である。
そう、鬼なんです。でも、もっと合理的に解釈する人もいる。

酒呑童子とは、鬼を装って強盗や婦女誘拐をやった盗賊である。
うん。これなら理屈は通る。悪行の限りを尽くす悪者に「鬼!」と罵る時があります。酒呑童子は本物の鬼ではなく、象徴的な鬼であったと。
しかし、これまた「いかにも」という説である感じは否めない。

Yoshitsuya_The_Evil_Spirit

大江山の酒呑童子と源頼光主従 (歌川芳艶 江戸時代)

 さて、それではこの私が別の説を開陳しよう。
まず、鬼としての酒呑童子の特徴を抜き出してみる。
 赤ら顔、目が青い、髪の毛が金色、体でかい、胸毛ある、訳の分らん言葉を発する、酒が好き。

この特徴に当てはまる人間とは、どのようなものであろうか。

単純明快、一発回答。

西洋人とちゃうか? ひょっとしたらヴァイキングだったかも。

遭難した西洋人の船員が奇跡的に助かって日本の浜辺にたどり着いた。しかし異国で言葉も通じないのでコミュニケーションが取れない。平安時代の庶民も白人なんて見たことが無かったから化け物と勘違いしてしまう。
遭難した西洋人だって何か食べなければ生きていけないから、必然的に人里に現れて食料を奪うしかない。異国人だって日本人の男と女の区別はつきますから、可愛い娘がいたらさらっていくこともあっただろう。

村はパニックになり、社会不安が起きる。

ここで国が「鬼退治」に乗り出すわけである。
源頼光の出番である。彼は化け物退治に赴くと思っていたのだろうか。それとも、どうせ相手は異国の人間だろうと割り切っていたのか。

源頼光が退治したのはヴァイキング(?)であった。

これが真実なら伝説にはならなかっただろう。あるいは、ヨーロッパのヴァイキング伝説の中に「実は日本でのエピソード」というのがあるかもしれない。「異様な風俗で不可解な言葉を喋る小人たち」とか。彼らから見れば日本人こそがゴブリン(小鬼)だっただろう。

酒呑童子という見たこともない怪物は見たこともない外国人であることも知らずに出動したのかな。それとも、「異国人である」という可能性は認識していたのかな? ふふふ、得体の知れる異国人よりも、得体の知れない鬼を殺した方が政府の株は上りますからねえ。

鬼の正体は分らないままのほうが良いのかもしれない。

現在の大学生あたりにヴァイキングと言っても、ホテルのランチバイキングと間違われるかもしれない。酒呑童子の正体がヴァイキングだったとすれば、この間違いはお気の毒としか言いようがない。ならば酒呑童子は「鬼」のままのほうが良いかも。
コロンブスよりも先にアメリカ大陸に到達していたヴァイキングも現代日本では立食パーティーにされてしまっている。さてさて、首塚大明神からヴァイキングの兜でも出てきたら面白いのだが。。。

【言っておきたい古都がある・63】


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【参考】首塚大明神・石碑文

「平安時代初期(西暦八百年頃)丹波の国大江山に本拠を構えた酒呑童子が、今日の都へ出て、金銀財宝や婦女子をかどわかすなど、悪行の数々を行うので人々の心に大きな不安を与えていた。
天子(天皇)、源頼光等四天王に命じ酒呑童子とその一族を征伐するよう命じられた。源頼光等は大江山の千丈ヶ嶽に分け入り苦心の後、酒呑童子とその一族を征伐し酒呑童子の首級を証拠に京の都へ帰る途中この老の坂で休憩したが、道端の子安の地蔵尊が「鬼の首のような不浄なものは天使様のおられる都へ持ち行くことはならん」と云はれたが相模の国の足柄山で、熊と相撲をとったという力持ちの坂田の金時が証拠の品だから都へ持って行くと言って酒呑童子の首を持ち上げようと力んだが、ここまで持ってきた首が急に持ち上がらなくなった。
そこで一行は止むを得ずこの場所に首を埋めて首塚をつくったと伝えられている。酒呑童子が源頼光に首を切られるとき今までの罪を悔い、これからは首から上に病をもつ人々を助けたい、と言い残したと伝えられ首塚大明神は首より上の病気に霊験があらたかである。」