方広寺七不思議





〜世の中は「不思議」に満ちている〜 前回のお話で方広寺七不思議の事を少し書いたら、「それはどんなものですか」というメッセージをいただきました。 そこで今回は方広寺七不思議を紹介する次第。 七不思議といえば知恩院が有 … 続きを読む
〜世の中は「不思議」に満ちている〜 前回のお話で方広寺七不思議の事を少し書いたら、「それはどんなものですか」というメッセージをいただきました。 そこで今回は方広寺七不思議を紹介する次第。 七不思議といえば知恩院が有 … 続きを読む
〜「あの戦争」はみんな反対していた〜 つい先日まで京都国立博物館で「天皇の書」の展覧会があった。それに絡む話題を取り上げる。 展覧会に天皇から朝鮮出兵に関する豊臣秀吉へ宛てた手紙があった。 また朝鮮出兵というと耳塚 … 続きを読む
〜大仏様の数奇な運命は悲劇か喜劇か?〜 数々の災難を受けてきた京都の大仏様だが、次々と潰れていく割には次々と再建されて、結構しぶといのである。 踏まれても蹴られても野に咲く花のようにたくましい。 この「しぶとさ」が … 続きを読む
〜大仏様の数奇な運命はどうなる?〜 豊臣家は滅んだものの、京都の大仏様は残った。 ところがその3代目京都の大仏にも災難の降りかかるときが来た。 今度は寛文2年(1662)、またもや地震で大仏様は潰れてしまったのであ … 続きを読む
〜大仏様の数奇な運命は続く〜 さて、豊臣秀吉が造った初代の京都大仏は慶長元年(1596)の京都大地震で大仏殿もろとも倒壊してしまった。方広寺そのものが崩壊したのだが、何と千手堂と改名されていた三十三間堂は残った。 普 … 続きを読む
〜大仏様の数奇な運命が始まる〜 前回で書いたように、秀吉が創った初代大仏は6丈3尺(19メートル)だった。奈良の大仏より大きい。しかも大仏殿は地上から最頂部まで45メートルあったという。 まさにその当時の最先端の技術 … 続きを読む
〜かつて京都には大仏様がおられた〜 「京都の大仏」というと「京都に大仏なんてあったのですか」と言う人も多いと思う。あったんですね、ほんの30年ほど前まで。当然、今はなくなっているわけだが、そのなくなり方というのがハンパ … 続きを読む
うなぎのねどこに詰まった都びとの智慧 初夏の光の風を受けながら横断歩道の信号が変わるのを待つ。 東山七条の交差点である。右前方の勅使門は智積院、左前方の土塀は妙法院である。 その間の広い坂道が東山連峰に向かっている。坂を … 続きを読む
天災人災、気まぐれに巻き起こす歴史のいたずら 「ときは、桃山 天下を夢みた絵師がいた。時代を駆け抜け、伝説となった。」 このコピーに吸い込まれ、東山七条界隈で過ごす日曜日とした。 等伯に、秀吉に、京の大仏を訪ねる一日であ … 続きを読む