8月24日の
地蔵菩薩の縁日を「
地蔵盆」と、28日の
大日如来の縁日を「
大日盆」と呼び習わし、「
盂蘭盆」と並び、夏の風物詩を彩る京都の伝統行事である。
16日の「大文字の送り火」の直後にやってくる
地蔵会・
地蔵講の結縁の日は、祖先の霊を供養する
盂蘭盆会になぞらえて、いつからか
地蔵盆と呼ばれるようになった。
地蔵盆の期間中(8/22〜24)には、模擬店・ゲーム用品など
地蔵盆用品レンタルが予約殺到で休む暇がないという。
地蔵盆用品といえども、レンタルショップではお地蔵さんを貸し出してはいないが、お地蔵さんのいない新興住宅地・マンションなどから問い合わせがあると聞く。
よくできたもので、お地蔵さんを貸し出してくれるところがあった。
まさにレンタル地蔵尊である。「地蔵尊借用書」を提出すれば、貸し出してくれるのは
壬生寺である。
「時代も変わった。何でもレンタルか」と思いきや、地蔵尊を貸し出し、住職が出向き法要も執り行う「
出開帳(でがいちょう)」という仕来りが、200年前の江戸時代からあったらしい。
昨今、地域コミュニティが薄らいでいる時代に、レンタル地蔵尊の
地蔵盆でコミュニケーションを図ろうとする例が増えているのは、喜ばしいことであり、まことに京都らしいと思う。
いずれの盆にも施餓鬼供養はなされているが、元来、お精霊さんの供養を行うのと、お地蔵さんの十福(女人泰産・身根具足・衆病疾除・寿命長遠・聡明知慧・財宝盈益・衆人愛敬・穀物成熟・神明加護・証大菩提)に肖るのでは意味が異なる筈である。
しかし、広義なお盆として習合し、京の町に根付いている。
それは、仏教行事としての役割だけに留まることなく、道祖神や民衆の娯楽の場としての歴史とともにも、民間信仰として発達したことも見過ごすことはできない。
そもそも、平安時代後期に末法思想が広まり、貴族達は西方浄土への極楽往生を願い、地蔵信仰に傾いた。閻魔大王の裁きを受けて、地獄で苦しむのを救ってくれる存在は
地蔵菩薩しかないと考えたからである。この時より毎月24日を縁日として地蔵を念じるようになった。
地獄で救ってくれるという信仰は、この世とあの世の境に立って救ってくれるという塞の神の信仰に、更に、この世でも救ってもらえるという信仰に発展していった。
中世以降は特に子供を救うと信じられ、「子安地蔵」「子育て地蔵」など現在でも篤い信仰を集めている。
辻の地蔵像は袈裟を着て実に円満な顔の像を石で刻み、左手に宝珠、右手に錫杖を持つ姿が一般的で、この石像を路傍にたて香花を供えて祀る風習も、地獄・極楽思想が浸透する中世以降に道祖神信仰と結びつき、全国各地に広がり今も残っている。
それらの証のように、お寺さんは基より町間の辻にはお地蔵さんがたち、ビルの谷間でも小さな地蔵堂に必ず出会う、と言っても京都では憚らない。
その篤い民間信仰は、
地蔵菩薩の化身が閻魔大王といわれる説と深く関わっているからであろうか。
あるいは、
地蔵菩薩が釈迦の入滅から五六億七千万年の間、この世に現れ、次なる仏に代わって衆生を救うといわれているからであろうか。
民衆の娯楽の場としての
地蔵盆の歴史でいうと「
数珠回し」や「
盆踊り」が挙げられる。
それが、現在では子供の祭としてのイベントとなり、町内会の親睦行事として残っている。
地蔵盆の夜に踊られることもある
盆踊りは、
盂蘭盆会での念仏踊り、踊り念仏に原点があり、それが地域ごとに風流化し変遷を辿り、江州音頭や河内音頭、阿波踊や風の盆などとなって継承されている。
京都では、岡崎のみやこメッセで滋賀県人会主催の「江州音頭フェスティバル京都大会(8/11頃)」が行われたり、
千本ゑんま堂の「お地蔵さんの
盆踊り(8/24)」で西陣音頭・江州音頭・京都音頭などが踊られているが、各所で行われている伝統的な
六斎念仏が目を引き、京都のお盆の特徴といえる。
六斎念仏は、元来、六斎日に行われた念仏踊りのことである。
六斎日とは、仏教の在家信者が八つの戒律(
八斎戒)を守るべき月の六日間のことを指し、この日に唱え、踊られたのが
六斎念仏であった。
それはやがて芸能化してゆき、
地唄や
浄瑠璃、
はやり歌等から取材し演出され、民衆の娯楽へと発展している。
1207年に讃岐へ流刑となった
法然上人は、民衆に伝播した踊念仏を見て、「
うたう念仏(居念仏)」と「
踊る念仏(立ち念仏)」を誕生させた。南無阿弥陀仏の念仏に複雑な抑揚と節がつけられ、鉦と太鼓の囃子が加わり、踊り手と歌い手が分かれて唱え踊るもので、念仏踊りと呼んだ。
では、法然の見た踊念仏とは。
平安時代末期に、死者の霊を慰めるため空也によってはじめられたと伝わり、融通念仏は踊り念仏をうたうことで大道の人を集客することに功を為し、その遊行聖として一向上人や一遍上人は全国行脚し布教につとめ、踊りながら念仏を唱えれば、死者供養に留まらず、現世を生きる誰でもが、ともに極楽浄土へ行けると説いていた。
その原点となる踊り念仏の起源を象徴する空也上人立像(六波羅蜜寺蔵)は実に具象的である。
首から鉦を下げ、鉦を叩く撞木(しゅもく)と鹿の角のついた杖を持ち、わらじ履きで歩く姿に、開いた口元からは六体の阿弥陀仏の小像が、吐き出されるように繋がれ取り付けられている。
この六体の阿弥陀像は「南無阿弥陀仏」の六文字を唱えるさまが表現されているのである。
極楽浄土を願う京都の
六斎念仏は変遷を重ね、踊り念仏の流れを汲むものは
念仏六斎として四団体、念仏踊りの流れを汲むものは
芸能六斎として、伝統芸能の十団体で受け継がれている。
迎え盆に始まり月末まで、京のどこかで
六斎念仏は行われている。
(参考)
http://rokusai.hp.infoseek.co.jp/news/index.html
2009年8月の
六斎念仏 千本六斎会
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清水寺(
盂蘭盆奉納) [念仏]
清水寺(
盂蘭盆奉納) [芸能]
壬生寺(精霊迎え) [芸能]
8/15 ----------------------------
千本ゑんま堂(
盂蘭盆奉納) [念仏]
8/16 ----------------------------
円覚寺(
盂蘭盆奉納) [念仏]
壬生寺(精霊送り) [芸能]
西方寺(送り火法要) [念仏]
8/18 ----------------------------
上御霊神社(例大祭奉納) [芸能]
8/20 ----------------------------
干菜山光福寺(奉納) [芸能]
8/22 ----------------------------
上善寺(六地蔵巡り) [芸能]
浄禅寺(六地蔵巡り) [念仏]
8/23 ----------------------------
阿弥陀寺(
地蔵盆) [芸能]
8/24 ----------------------------
竹林禅寺(水子地蔵供養) [芸能]
8/25 ----------------------------
長岡天満宮(祭礼) [芸能]
吉祥院天満宮(夏季大祭) [芸能]
8/30 ----------------------------
梅宮大社(嵯峨天皇祭) [芸能]
8/31 ----------------------------
蔵王堂光福寺(八朔祭法楽会) [芸能]
【参照リンクには、現在なくなったものがあるかもしれません。
順次訂正してまいりますが、ご容赦ください。】