桜花と共に継がれる千年無形の文化遺産

上賀茂神社の櫻 by 五所光一郎

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四月上旬の京のあちこちは花見で賑わしい。
満開見頃に花見ができるようにと、毎年行く先を練り、下見にも出かける。東奔西走し、カレンダーに印をつけている。
その間、毎年必ず数回も立ち寄る先がある。それは半木の道から上賀茂神社である。

上賀茂神社には、「賀茂桜」「みあれ桜」「御幸桜」「風流桜」「御所桜」「斎王桜」「馬出しの桜」「鞭打の桜」などの銘木が点在し、それぞれの開花も、満開の時期も違うからである。
広い境内には緋寒桜や山桜、染井吉野などもあり、春を謳歌するようにあちこちと咲き誇るのだが、名のある桜のそれぞれの趣が気になって仕方がない。
いつ訪れても、この時期どれかが咲いているのだから、いつ行ってもいいじゃないかと言われると、美学の違いに困り果ててしまうのである

ところで残念なことがひとつある。昨平成23年5月29日、葵祭の前儀となる賀茂競馬(かもくらべうま)の「馬出しの桜」が、台風2号から変わった温帯低気圧による強風のため、根元から約1メートル辺りのところで折れてしまったのである。
折れた「馬出しの桜」は境内の芝生のところにあり、一の鳥居を過ぎて左手の、柵に囲われて立つ山桜である。高さ約5メートル、幹周りが約2メートルで樹齢100年以上といわれていた。

「馬出の桜」は、5月5日に行われる賀茂競馬で「乗尻(のりじり)」と呼ばれる騎手がスタートの目印にする桜木で、神事のとき以外にも、立札に「さぁ出た桜」と記されている。宮中の競馬(くらべうま)が、同神社に移された平安時代寛治7年(1093年)起源の歴史ある儀式だったことをうかがわせていた。

今年はその白い山桜をもう見ることができない。勿論、代わりの木が植栽され賀茂競馬は続行されるが、成長するまで、「鞭打の桜」とのアンバランスは仕方なくなってしまった。

生あるものは没し無常なるものと心得ずして、次世代に繋ぐ木々が準備されていないわけではない。
白しだれの「御所桜」や紅しだれの「斎王桜」の傍には、次代を担う若木が傍で咲いているのにお気づきだろう。それぞれ同種の瓜二つの花を、同じように咲かせているのでご覧いただきたい。

さて、今年の京都の開花は、寒さが続き、ほぼどこも四月になってしまったが、四月に入るや待ったなしに一斉にほころび、花開かせている。
虚空蔵法輪寺、近衛邸跡、六角堂、祇園白川などの早咲きの枝垂れが、春を告げる声をあげ、僅か2日程で五分から七分咲きとなっている頃、上賀茂神社は本殿楼門前の中洲の緋寒桜がやっと満開となり、一の鳥居前の「蜂須賀桜」は数輪を開かせていたものの、「御所桜」は蕾が大きくなったなぁ、という具合だった。

原稿を書いている今日5日は、平野神社、醍醐寺、本満寺、六孫王神社、墨染寺、渉成園、産寧坂、鴨川縁などなど、しだれ桜の五分咲き位の情報が多く、週末に満開見頃になりそうだ。

例年なら、この頃から上賀茂神社の桜が始まり、中旬以降に全体の見頃となってゆく。

まず、葵祭の有料観覧席のチケットの売り出しが始まると、今年は蕾だったが、「御所桜」が見頃となっている。
一の鳥居から広がる芝生の境内右手中ほどに、青空と緑の森を背景にした白っぽい小山のようなものが見える。近づくほどに、枝垂れた枝に花々が着いていることが分り出す。
時折流れる春の風に吹かれて、地を掃くように長い枝垂れがゆらりゆらりと揺らいでいることもあれば、佇んだままに、穏やかに射す春の光をキラキラと跳ね返していることもあった。
三々五々に訪れる参詣者の目を留め、綱張りの囲いまで引き寄せるのは至極当然かもしれない。

囲い周辺の人が散るのを待ちながら、後ろを振り向くと、葵祭足汰式(あしぞろえしき)や賀茂競馬に使われる埒(らち)が、おおかた設営されているのが目に入る。
競馬で目印となる山桜はまだ蕾だが、四月下旬には満開となり、五月の前儀の頃には葉桜になり始めている。

御所桜」の全景をカメラに納めると、囲いに沿うよう遠巻きに円を一周する。
当たり前のことだが、見る角度にそれぞれの顔を持っていることに、妙に感心するのは毎度のことである。
囲いに近づくと、枝垂れの下にタンポポが咲いているのを見つける。暫く眺めていると小鳥が寄ってくる。地面を歩きながら何やら啄ばんでいる。
これもまた毎度のことであるが、心和ませ、やっぱり来てよかったと思う。

この「御所桜」の名は、孝明天皇が御所から御下賜(ごかし)された枝垂れ桜であることに因んで命名されている。

御所桜」の手前に「斎王桜」があるが、このときにはまだ固い赤みを帯びた蕾である。ニの鳥居の右傍の「風流桜」も、お守り授与所の左手の「みあれ桜」も同様に蕾である。
年によって、陽当たりのよいところの枝には、ちらほら紅色の花をつけている。しかし、紅しだれの見頃は中旬で、風流傘に見立て花笠に仕立てられている「風流桜」や、葵祭に先立つ神迎えの神事「御阿禮(みあれ)」の時に、この下を神幸することに因み命名された「みあれ桜」は、五月になっても花をつけたままの時さえある。

白しだれが満開となり、染井吉野があとを追い、一週間あまりで紅しだれが満開となる順序は、他とも同じようだ。

京都市内の枝垂れ桜が終盤を迎える頃、再度上賀茂神社へと出かけて貰いたい。
最もポピュラーで、誰からも愛される「斎王桜」を訪ねるのである。
満開見頃だった白い「御所桜」がすっかり新緑の葉桜に姿を変え、薄桃色の染井吉野を背景にして、大きな紅色の球のように「斎王桜」が浮かんで見える。
すっかりバトンタッチが済み、芝生の境内が魔法にかけられた様だ。

斎王の持ち合わせているだろう気品と華やかさに、優しさを兼ね備えたイメージは、「斎王桜」にもあり、まるで十二単衣の後姿を見る様である。

二の鳥居に近づくと、「風流桜」も満開の盛りを見せ、鳥居内に見える「みあれ桜」は色鮮やかな紅色を光らせている。

神山に見立てられた立砂が陽光を受けて眩しい。その立砂の前に進み出て、ふた山の間に「みあれ桜」をあわせ眺めると、更に見栄えする。

本殿に参詣すべく橋殿から玉橋を経て楼門に向かうと、八重山桜の「賀茂桜」が満開上々で、朱の門とその淡い桃色が実にお似合いであった。
まだまだ春は盛りであると胸を撫で下ろし、浮かれ気味になるのは小生だけではあるまい。

来る8日は「賀茂曲水宴」に出かけ、上賀茂神社への一ヶ月余りにわたる桜通いに、今年も精を出すつもりだ。

さくらさくら 賀茂別雷神社
http://www.kamigamojinja.jp/2012_sakura/index.html

【参照リンクには、現在なくなったものがあるかもしれません。順次訂正してまいりますが、ご容赦ください。】
5446-120405-4月

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