菊花酒は百薬の長

重陽で一杯 月見で二杯 by 五所光一郎

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長月に入った9日、参詣した法輪寺にて菊酒(菊花酒)が振舞われ、頂戴した。
この日は、「重陽(ちょうよう)の節会(せちえ)」との節句行事が執り行われ、その習わしは平安時代宇多天皇(在位887〜897)の頃よりあったと、読経の一節に読み上げられているのを耳にした。
お寺さんで、お神酒と考えていた菊酒がいただけるとは、思いもよらず驚いた。

本堂での節会は、神仏習合の頃の社寺行事の様子を垣間見る気がしたのである。
平安時代の宮中で執り行われていた節会が再現されているのだろうか。
堂内のご本尊前脇に烏帽子に狩衣の装束姿の雅楽奏者が控え、ご本尊前には先導の僧侶が座している。

また、左右に飾られている金色の蓮(常花)と、色づけした綿が乗せられた赤、黄、白の菊の花(被綿)が置かれている。

そして、ご本尊の右手の間には、菊慈童の像が祀られ、その前には大きな紅白の鏡餅が供えられている。
観念の中にある神式、仏式に囚われず、邪気悪霊を払い不老長寿を祈る形を見たような思いで、目から鱗が落ちた。



重陽とは、最大の陽を表す奇数の九の重なる日で、つまり9月9日。
その前夜8日に、立ち咲いている菊の花を赤・白・黄色の真綿で被い翌朝を待ち、夜露朝露を受けて、その菊の香りが移り湿った真綿を顔にあて、若さを保っていた宮中の儀式が「被綿(きせわた)」である。

それは、「仙境に咲く菊の花の香りと露に身を浸すことで不老長寿になる」、との中国故事の伝来に習い宮中行事となり継承されていたのである。
そして、その儀式は公卿の間でも盛んにもてはやされていた。その様子は、「枕草子」「源氏物語」「紫式部日記」「弁内侍日記」などなど、多数の古典にも書き記されているようだ。 

更に、京都御所の御物の中に、孝明天皇(在位1846〜1867)が重陽の節に皇后へ贈られた「被綿」二包が現在も保存されていることからも、被綿(重陽の節句)が重んじられていたことが判る。

その中国故事にある主人公が「菊慈童」である。祀られている像は、今を時めく美少年と言える顔立ちで、流行りのアイドル達も足元にも及ばない程である。
思わずオーと声がこぼれてしまうが、なんと七百歳もの世を生きていたとのことである。

能の演目にある「菊慈童(枕慈童)」の物語のあらすじはこうだ。
「周の時代、誤って高官の枕をまたいでしまった童子が、死罪に問われるほどの無礼に後悔し、奥深い山中に逃げた。 そこは仙境。童子は王が枕に書いてくれた経分を、仙境に咲く菊の葉に書いた。その菊を伝い滴る露が、仙境の流れとなり、童子は菊水の流れを汲み飲んでいた。時下り魏の時代、薬の水が流れ出ていると言う噂を聞いた勅使が仙境を訪れる。童子に聞くと・・・この菊水が不老長寿の妙薬であると知る。」「あの時、枕をまたいでよかったな」というオチで終わる。

菊の雫で得た妙薬の菊水不老延寿の威力は、まことに凄まじい。アンチエィジングがキーワードとなる時代に朗報ではないか。


ところで、花歌留多に習い、江戸時代に庶民の娯楽に作られた花札には、九月の札を菊としでいる。その役札には菊に杯が描かれている。菊と酒との出会いが最高のものとの信仰は、庶民の日常生活にまで浸透していたことが判る。この時代は旧暦の9月であるから、実際には、今の十月辺りに咲く菊の季節に菊酒を楽しんでいたのだろう。

同じく花札の上がり役に、「月見で一杯」「花見で一杯」というのがある。前者は満月の描かれた八月(新暦九月)の役札と、菊に杯が描かれた九月(新暦十月)の役札が揃うと、上がり役が加算される。大変嬉しい、勝負に勝てる特典が付けられているのである。庶民の心情が非常によく表されているように思う。

仲秋の名月にはススキや萩を飾り、月見団子をいただくのが小生宅の恒例である。
が、今年は、早咲きの菊を買い集め、菊の酢の物に菊酒を用意し楽しんだ。

菊慈童に習い、小生は十月に咲く菊の花が、更に待ち遠しくて仕方がない。




枕慈童@法輪寺の際の演目 (YouTube)
http://jp.youtube.com/watch?v=crF6DnA9atA

能を読む 『菊慈童』 覚書き 小山 昌宏
http://www2u.biglobe.ne.jp/~kym_noh/kikujido.htm



【参照リンクには、現在なくなったものがあるかもしれません。順次訂正してまいりますが、ご容赦ください。】
5198-150903-9/9

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