編集者から脚本家、そして作家と活躍の場を広げ、旅行中の飛行機事故により51歳という若さで亡くなった向田邦子氏。食に対する探求心は並々ならぬものがあった、と多くの著書から汲み取ることができるが、中でも興味深いのは「『う』という抽出」の存在。うまいものを略した「う」の箱には、美味しかったいただきものの栞や、食べてみたいものの切り抜きなどがぎっしり詰まっていたという。その中のひとつであったと偲ばれるのが、「瓢亭」の「梅甘煮」だ。実際、南禅寺にある「瓢亭」へもしばしば足を運んだ彼女。400年を経た茅葺きの離れ「葛屋」の座敷を愛し、滋味に溢れる味わいを楽しんだという。「梅甘煮」は初夏の頃、時に先付や八寸として、また油物として供される。瓶詰めされた「梅甘煮」を、東京から取り寄せることも度々だった向田氏。多忙ゆえ、なかなか足を運ぶことのできなかった京都、その手みやげを自分に贈る。そんな思いで取り寄せたのではなかろうか。
「昔から作っていたけれど、ほどほどに酸っぱさを残すのと、柔らかに、けど破らないように」炊き上げるのが難しいと主人・高橋英一氏。高橋氏の代となって、瓶詰めが誕生した。生梅の全体を針でつついて穴を開け、60°〜70°の湯を何度か取り替えながら、最後に蜜で炊きあげる。向田氏も好んだとろりと崩れる食感と、爽やかな味わいだ
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