財布塚
 〜一番儲けているのは誰だ?〜

京都ミステリー紀行【言っておきたい古都がある・2】 by 谷口 年史

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 恵比寿さん、もっと砕けた言い方をすれば「えべっさん」はお稲荷さんと並んで商売繁盛の神様である。ただ、京都では伏見稲荷がいつ行っても人で賑わっているのに対し、恵比寿神社のほうは「十日ゑびす」とかのお祭の時だけに集中するという一点豪華主義のような賑わい方を見せている。場所が悪いわけでもないのに。

 これは「十日ゑびす」というお祭があまりにも有名になりすぎたからである。「えべっさんと言えば十日ゑびす」」というのが定着すると、「十日ゑびす」以外のときは行く目的が失われてしまうのだ。
 ただ、お祭の時は人で一杯になるけれど普段はひっそりとしていて、「来る者は拒まず」という包容力を持っているのが神社というものだとするならば、恵比寿神社のほうが「あるべき姿」だということになるだろう。

 で、この恵比寿神社の片隅に財布塚がある。針供養とか櫛供養とかはあるが、財布供養もあるということなのだろうか。ある鳥料理屋では年に一回鶏供養をやっているそうだから財布の供養があっても不思議ではない。
 恵比寿神社で定期的に財布供養をやっているのかどうかは寡聞にして知らないが、こんな所で供養してもらえる財布というのはよほどたくさんのお金が入っていた財布なのだろうと察する。この塚にお参りすれば、かつて多くのお金を入れていた財布のご利益で自分の財布にもお金が入るようになるかもしれない。
 そんな淡い期待をし抱いてしまいそうだ。

 そしてよく見れば、この塚に揮毫した人の名前が読み取れる。

 松下幸之助

 なるほど、この人の財布ならかなりたくさん入っていたに違いない。あやかれるかな?

 本来なら財布とはいえ差別せずに、たくさん入っていた財布でも、あまり入っていなかった財布でも、平等に供養するのが当たり前だと思う。むしろ、あまり入っていなかった財布だからこそ供養する必要があるかもしれない。「持ち主の私が甲斐性無しだったばかりにお金をたくさん入れて上げられなくてゴメンね」と。
 財布が付喪神になっても困る。「あの人の財布はいつもパンパンに膨らんで幸せだったのに、この俺はいつもスッカラカンでピーピー言っていた。この屈辱、どうしてくれる」と夜中に現れても、謝るか、「金は天下の回りもの」と開き直るしかない。
 いずれにしても、財布のみならず人間の方も忸怩たる気分になるだろう。

 このように悲哀の籠もったともいえる塚なのだが、何かこうアッケラカンとした恵比寿さんの神社にあるとお目出度い部分だけが見えてくるようで、これも「えべっさんの人徳」かもしれない。なんといっても七福神の中で唯一、日本の神様である。

 そこで財布にお金が入るように、商売繁盛の運試しをする方法がある。

 恵比寿神社の境内の鳥居には恵比寿さんの面が掛かっている。その下には熊手があるのだが、よく見ればそこにお金が入っている。

 これはその下から熊手めがけてお金を投げて、見事入ったら商売繁盛で金運もつくという。一度お試しになると良いが、中々一回で入るものではない。

 私はここにお金を入れるのは運試しで、お賽銭とは違うと思っている。おみくじを買うようなものである。だから本殿でもまたお金(お賽銭)をいれる。

 こうなると商売繁盛を願う私たちよりも、恵比寿さんのほうがよっぽど儲かるのではないだろうか。

 恵比寿神社で一番儲けているのは他ならぬ恵比寿さん本人なのだ。そりゃあ笑いが止まらんやろう。

 恵比寿さんのあの笑顔、あれは本物である。


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