京都の料理職人達 vol.7
 【京料理 竹林 あさぎり店】 下口英樹氏

我を抑え、黒子に徹し
まずは素材ありき、の哲学を貫く

 料理屋の2代目は、おしなべてこう言う。「料理人になるつもりはなかった」。しかし、父親の背中を見て育った少年は、多くの場合、父以上に料理に情熱を注ぐようになる。[平等院表参道 京料理 竹林 あさぎり店] の店主・下口英樹氏も例外ではない。「日曜日に父に遊んでほしいとずっと思ってました。だから、サラリーマンに憧れたんですよ」。
 とはいえ、後ろ盾のない会社に勤めるよりも、信頼できる父親のもとで働きたいという思いが募り、高校卒業後、料理学校に入学。しかし、決心がつかず、卒業後はアルバイトをして過ごした。そんな生活を続けるうちに「もう一度、料理人を目指そう」とハタ、と悟ったというから、人生何が起こるかわからない。無為に過ごした時間を取り戻すべく修行先に選んだのは、当時、京都でもっとも厳しいといわれていた、懐石割烹 [露庵 菊乃井] だった。

 噂にたがわず修行は厳しく「御主人の村田吉弘さんには、よう、怒られました(笑)」と述懐する。しかし、その厳しさの中で下口氏は、経営者としての心構えなど、他では得られない大切なことを教わったという。「バブル全盛期で店が繁盛していた時、閉店間際に村田さんがお客様をお通しされたんですよ。同僚はみんな不満を漏らしましたが、村田さんは『料理屋はいい時もあれば、そうでない時もある。忙しい時こそ、お客様のために誠意を尽くすのが大切』と仰ったんです」。どんな時でも、地に足のついた商売に徹する姿勢は、彼の心を揺らした。そして7年間、同店で多くのことを学んだ。「同僚はみんな『だいたい見たから』と2~3年で辞めていきましたね。でも、何十年も料理をしている父でもいまだに悩んでいるのだから、たかだか3年で何が分かるのか、と思うんですよ」。
 その店の味を修得できなければ、独自の味など作れるわけがない。下口氏は持論を喝破するように話す。それゆえ、彼の料理に対する情熱を知る人は、ここで出される料理を食べると意外に思うかもしれない。誤解を恐れずにいえば、”我“がないのだ。その理由は「どうすれば素材の滋味を味わっていただけるか、そればかりを追求しています」という言葉に集約されているのだろう。彼は、自分が惚れ込んだ素材の魅力を最大限に表現することこそ、日本料理の真髄であると考えているのだ。
 宇治に店を構えて約10年。下口氏は、宇治橋から同店までの一帯を[竹林]にしたい、と夢を語る。その表情に、確かな手ごたえをつかんだ料理人の矜持を見たような気がした。
下口英樹氏 しもぐち ひでき
京都生まれ。36歳。懐石割烹[露庵 菊乃井]で7年間修行した後、独立。父と兄が切り盛りする本店[竹林]の2店舗目として、かねてより父親が出店を希望していた平等院前に[平等院表参道 京料理 竹林 あさぎり店]を構えた。宇治川のほとりにあり、春は桜、秋は紅葉を眺めながら食事が楽しめるとあって、観光客も多く訪れる。京料理を極める一方で、日本料理アカデミーの一員として、フランス人シェフとワークショップを開催するなど、食文化の交流にも努めている。

元勲が好んだ奥座敷で
京の味を供する

 京都の奥座敷、宇治に店を構える。かつて、平等院界隈には料理屋や置屋があり、明治天皇や伊藤博文といった著名人がお忍びで訪れていたという。[竹林] は当時、宇治橋近辺にあった料亭 [公園 菊屋] の別館として伊藤博文が建てた跡地にある。店は真新しいが、入り口横に置かれた明治天皇専用の手水鉢が当時をしのばせる。昼夜ともに懐石料理は8400円~18900円。
アワビと新ジュンサイの酢の物
歯ごたえのある食感が楽しいアワビと新ジュンサイの酢の物。酢に新茶を浸して香りを移し、茶の産地・宇治らしい料理に仕上げた


天地の恵みを一皿に 季節を運ぶ地元の滋味

手を加える匙加減の妙 素材の旨みが味わいを奏でる

黒アワビ
黒アワビにあられ粉をまぶして、カラッと揚げるというシンプルさは、素材に合う調理法を探求した結果である。下口氏いわく、「フランス人シェフは、手を加えて自己主張することを好む」そうだが、彼の場合はその真逆。「まずは素材ありき」の信条は、この料理に如実に表れている
京都の名産・新ジュンサイや宇治の新茶す
京都の名産・新ジュンサイや宇治の新茶は、この時季だけ市場に出回る素材。好んで使うアワビを選ぶ基準は、産地ではなく、質のよさ。「有名な産地でも、毎日いいものが獲れるとは限りませんから」と下口氏は自身の鑑識眼を信じる

黒アワビ
「黒アワビは固いので、基本的に揚げる・焼くなどして火を加え、柔らかい白アワビは、お造りやサッと蒸して酢の物にするのが一番美味しいんですよ」。そう言いながら、背筋を伸ばしてアワビに包丁を入れる下口氏。その姿勢に、素材に対する敬意が感じられる



平等院表参道 
京料理 竹林 あさぎり店

■宇治市宇治蓮華21
(平等院表参道、平等院表門前) 
 0774・21・7039
 11:30~14:30
 16:30~19:45(いずれも入店)
 水曜休(祝祭日・行楽シーズンは営業)
 要予約
2008年6月号掲載
※当時の記事の為金額等に変更がありますのでご確認下さい。

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