京都の料理職人達 vol.17
 【草喰 なかひがし】 中東久雄氏

自然を食べる喜びを
ダイレクトに届けること

 [草喰 なかひがし]の当主、中東久雄氏の朝は、調理場ではなく駐車場から始まる。小回りのきく小型の車に乗り込んで、毎朝欠かさず向かう先は、京の洛北、上賀茂の麓にある畑。中東氏はここを自宅の裏庭のように歩き回り、自らその手で旬の野菜を採っていく。その作業は「仕入れ」というより「見回り」に近い。毎日の作物の変化には、農園の主その人にも劣らず敏感だ。
 畑を出て再びゆっくりと走り出した車は、鷹峯から静原を抜けて、大原へ。後続のトラックにあおられても意に介さず、ときに突然停車する。野に咲く花の声が聞こえたらしい。
 「毎日こうやって見に来るとね、『今日は私きれいに咲いてるわよ!見て見て』って言われるようでね」とつぶやきながら、咲き盛りの野の花を摘んでいく。煮物や吸い物として食べる花も採れば、店に飾る花も野の道で摘む。売っている花は上品すぎて、求める野趣には沿わないのだそうだ。「山や野原を歩く気分を、そのまま、お客様に味わって欲しいもんですから」。
 この言葉が、[草喰 なかひがし]の全てであるとも言える。
 ご馳走という言葉は、ほうぼう駆けずり回ってもてなしの準備をするという意味だ。そして、もてなしの世話をする人を、馳走人と言う。それなら、四方を山に囲まれた京都では、中東氏こそ随一の馳走人と言っていい。現代人にとって、リアルな自然の「気」は、なかなか得がたいご馳走なのだから。
 その中東氏は、料理や素材を語るとき、しばしば野菜の言葉で話す。たとえば…「もしも僕がレタスだったら、周り中同じ種類の野菜だけでなく、ホウレンソウや茄子やらとわいわい育ちたい。刈られるときも一晩ぐらい、夜露を含んでゆっくり星空を眺めてたいやろなぁ」。だがしかし、工場生産のような生鮮品はまだまだ世の中に多い。スローフードを謳いながらも、日常ではスピードが優先されるのも実情だ。仕方ないと思いつつもどこか後ろめたい気分を、この店でみそぎたいと訪れる人はあとを立たない。
 ところで、誤解のないよう言っておくと、[草喰 なかひがし]は菜食主義ではなく、肉や魚も季節に準じておいしくいただく。動物も植物も、すべて個性豊かな刮目すべき素材ばかりだが、その中にあってこの店でのクライマックスは、おくどさんで炊いた白飯とめざしのふるまわれる瞬間だ。ここに焦点を合わせ、「あぁ、日本人でよかった」という魂の叫びを分かち合うために、[草喰 なかひがし]のすべての料理は構築されている。生のよろこびが、ダイレクトに五臓六腑に落ちる瞬間である。
中東 久雄 氏 なかひがし ひさお
‘52年、京都生まれ。花背の料理旅館[美山荘]に生まれ育ち、少年時代から家業の手伝いにいそしむ。高校卒業後、本格的に料理の道へ。‘97年4月1日に[草喰 なかひがし]を開店。当初は美山で日常的に使っていた山菜を中心にしていたが、’93年の米不足騒動の折、信楽雲井釜のご飯用土鍋に出会う。以来、白飯をメインディッシュとするなかひがしスタイルが確立。現在、最も予約の取りにくい店の一つとして名を馳せている。

実が落ちるのを待つように
席が取れる日を待つべき店

銀閣寺畔にひっそりとたつカウンターメインの和食店。予約のコツは、月曜日以外の毎月1日にコンサートチケットを取るときのように電話をかけることだ。訪店が叶ったら、次回の席もリザーブを。昼食は5000円、6000円、7000円の三種。夕食は10000円、12000円、15000円まで。献立はおまかせだが、最後は共通して白ご飯をいただく。

丸ごと旨い
個性という名の味わいを探す

9~10月が旬の子持ち鮎を味噌漬けにして笹にくるみ、炭火焼きした「収穫祭」。栗や稲穂のあしらいに、実りの秋が表現される
美しいだけでなく、賑やかで楽しい八寸は人気の献立。野生のカンゾウやカタバミなど、スーパーではまず見られない食材に逢える

自然の「気」
集めて回るご馳走のかけら

「調理場に立つより、こっちのほうが自分の本質」。たとえ花見に出かけても、花でなく地表の食べられるものを探してしまうという
普通なら捨ててしまう皮もヘタも根も花も、すべて食べてみる。どんな部分も、雄弁で味わい深い個性に溢れていることがわかる


日本人の魂
おくどさんのご飯で有終の美
すべてはこのおくどさんで炊かれる白ご飯と、炭火で焙るめざしに帰結する。DNAがざわめくクライマックスに向けての交響曲だ

草喰 なかひがし

■京都市左京区浄土寺石橋町32-3
 (銀閣寺交番所前)
 075・752・3500
 12:00~14:00   18:00~21:00
 月休 ※要予約
2005年10月号掲載
※当時の記事の為金額等に変更のおそれがありますのでご確認下さい。

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