京都の料理職人達 vol.22
 【京料理 木乃婦】 高橋拓児 氏 

世界的な浸透に向け
 枠を広げゆく京料理

 「京料理とは何か」。この問いかけは往々にして、伝統や文化などの形而上学的なイメージを語ることにすりかわりがちだ。そこに敷居を感じるタイプの人も多い。そんな中で「木乃婦」の三代目・高橋拓児氏は、現代の京料理界においてその世界を最も身近でリアルに語りうる人物である。加えてソムリエの資格を持ち、創作料理と啓蒙しあうかのような会席を打ち立てるユニークなスタンス。だが出る杭だと揶揄されることはない。その評価の理由の前に、まず考えるべきことがある。
 「木乃婦」がその立ち位置を選ぶ理由だ。
 京都の夏は鱧。主にボタン鱧に仕立て、梅肉醤油かあるいは鰹ダシの椀物で味わうものといったセオリーがある。日本人を安心させる伝統の美味だ。しかし高橋氏は、一から十まで鰹と昆布ダシでまかなう日本料理を「例えばフレンチでは考えられないこと」と言う。肉という肉、あらゆる魚、野菜の全てでスープを取るフレンチや中華を世界水準として見たときに、日本の京料理がぶつかる壁もまた見える。「ワイン献立」を擁する「木乃婦」としても、この壁を取り払わずにおくことは欺瞞でもあった。この思惑を踏まえると、ひとつの鱧料理から目先のアイデアや若い感性などの範を越えたイデオロギーが見えてくる。
 素材である鱧を厳選することは、そのイデオロギーを小手先に貶めないための関門でもある。小骨の口当たりがネックとなる鱧であるため、ひとつひとつ触って手に骨の感触が
少ないものを選ぶ。生の造りには脂が乗りすぎていてもいけない。
 その上で素材に乗る味こそが、料理人の腕と頭の使いどころだ。そのジュレと薬味を薄造りの身で包むようにして口へ運ぶ。それは見た事のない鱧料理でありながら、一見しただけで美味しいことが判る料理だ。「初恋の一目惚れのような絶対的な感動」。それが京料理から受ける第一印象のあるべき姿だと高橋氏は言う。

 さて調理場では、この鱧料理を含めた何十もの品が同時進行で作られている。34人から居る人間が各々の仕事を完璧にこなした上で、周囲とリンクしつつピタリ同じタイミングでゴールに到達する作業だ。それは指揮者不在のオーケストラにも似て、いわばコンサートマスター的存在である熟練者の一挙手一投足に合わせて執り行われる。変革や改正を重ね続ける料理を作りながら、この阿吽の呼吸を保つことは確かに困難だ。しかし、京料理を世界に押し出すべくしてなされる「木乃婦」の挑戦、増大し続けるそのエネルギーを一本の光の筋に纏め上げるためには何よりも欠かせない秩序なのだ。
高橋拓児 氏 たかはしたくじ
'‘68年、京都生まれ。大学卒業後、東京「吉兆」で5年間の修業を積む。「東京で、斬新さ、格好のよさに敏感になった」。帰洛の翌年にソムリエ資格を、続いて利き酒師の資格を取得。3年間、初代である祖父と市場へ同行して仕入れを学び、仕出しから料亭へ転換させた父にはもてなしや運営に関する多くを学んだ。現段階ではまだドメスティックな食文化である京料理を「日本食の代名詞として海外へ浸透させる」ことがライフワーク。

普段の食卓では出会えない
 個性が機銃掃射する京料理

 昭和十年創業の京料理店。「緩急が重要、と言われる京料理ですが、うちの料理は緩急どころか両手でおもいっきり投げるような物です」。たまの外食を満足するものにすべく、トロに鮑、さらにフカヒレや金華ハムなど豪華な食材を多用する。昼のお弁当2100円~、ミニ会席5250円~。夜の会席10500円~、ワイン献立15750円~。

 

素材の厳選
個体の違いを感じ取ること
太い割には柔らかく、すっと手の滑るぬめりがあってしなやかなもの。骨が太くないかどうかの個体差はやはり触ってみないと判らない
着眼と開拓
決まりきった慣習からの脱却
丁寧に下処理して炭火で焙った鱧の骨と昆布、酒をじっくりと煮込む。クリアなダシを醤油で味を調えて、ゼラチンでジュレに仕立てる
「昼のミニ会席」6300円より四品。鱧をふんだんに使った夏らしいコース。6室に区切られたデザート重の豪華さが特に女性に大人気
「冷やし物」と呼ばれる鱧の料理。乳白色の薄造りに鱧ダシのジュレが輝く。15000円以上の夜会席でいただける。白ワインにも合う


阿吽の呼吸
ほとんど声もなしに、よくもこれほど息が合うと思わせる動き。「訓練と経験が全てです」と高橋氏は言う。自身も3年はかかったとか


京料理 木乃婦

■京都市下京区新町通
 仏光寺下ル岩戸山町416
 075・352・0001
 11:00~14:30
 17:00~21:30(L.O. 19:30)
 不定休
http://www.kinobu.co.jp
2004年9月号掲載
※当時の記事の為金額等に変更のおそれがありますのでご確認下さい。

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