京都の料理職人達 vol.8
 【杢兵衛】 寺田慎太郎

料理という一枚の絵を描き上げる
確固たる意志、溌剌とした感性

 暖簾をくぐって席に着く。すると、一言も語らずとも料理が供される。ここに来れば、どういうものが食べられるかを知っているお客は、満悦の笑みを浮かべて食事を楽しむ。そして「次はいつ来ようか」と思案しながら、暖簾をくぐって帰っていく…。そんな店にするのが、4代目・寺田慎太郎氏の夢である。
 祇園の花見小路で料理屋を営む父親の背中を見て育った寺田氏だが、若い頃は料理人になりたいとは微塵も思わなかったという。しかし、大学卒業後は店を継ぐ、と覚悟を決めていた。在学中、同級生が就職活動に勤しむ中、ひとり欧州への旅に出た。イタリア、フランスでは美術館巡りをした。そこで西洋の芸術に触れ、初めて日本の芸術がいかに繊細で美しいかを知ることになる。そして、ある思いが沸々と湧いてきた。「日本文化に携わる仕事がしたい」。帰国後は東京の料亭で修行を積み、日本料理人への道を邁進した。
 寺田氏が同店の厨房に入ってから、約10年。先代は板前割烹の形式を重んじてきたが、彼の若い感性は変化を渇望している。「一品料理ではなく、コース料理を出したいんです。コースなら、器と料理のバランスや構成を全てプロデュースできますからね」。器の形状が様々なら、素材も漆器や磁器、ガラス、と多様だ。それらを料理と組み合せ、重複することなく一連の流れをつくる。いわば、コース料理を食べれば、一枚の絵が完成する、そんなイメージだ。寺田氏は恍惚とした表情で話す。「以前、お出しした器を順番に紙に描いてみたんです。それがとても綺麗だったんですよ…」。その感動をお客に伝えるために、休日は骨董品屋に通い、器を収集しているという。
 店のスタイルを少しずつ変えながらも、大切に守りたいものもある。お客を思う心、そして、伝統的な日本料理の味だ。「昔の文献には、今はない料理が記されていることがあります。きっと、多くの料理が淘汰されてきたんでしょうね。その中で、鯛のあら炊きやかぶら蒸しなどは今も残っている。そうして受け継がれてきた料理を、後世に伝えていきたいんです。もちろん、[杢兵衛]らしく」。そう、寺田氏のつくる料理には曖昧さがない。こういうものを食べさせたいんだ、という確固たる意志がある。いずれは、看板を掲げずともお客が来る店にしたいというが、その夢が叶う日もそう遠くはないだろう。溌剌とした感性を持つ、聡明な料理人が目指すのは、「祇園に[杢兵衛]あり」と誉高い料理屋だ。
寺田慎太郎氏 てらだしんたろう
京都生まれ。35歳。大学卒業後、東京の料亭で修行を積み、10年前に同店へ。海外と東京、と京都を離れて初めて、古都の魅力に気付いた寺田氏は、日本料理を通じて日本文化を継承することを志す。「京都に来たついでに立ち寄るお客様は多いのですが、うちの料理を食べるために、京都に足を伸ばしてもらえるような店にしたい」と夢を語る。

一連の料理が湛える 日本の伝統美

 元々、材木関係の商売を営んでいたが、昭和3年に料理屋に転業。大阪から下鴨、木屋町へと移転、昭和39年に2代目がこの地に店を構えた。店先に見られる「四条小橋」は、橋が架け替えられる際に曾祖父が競り落としたのだそう。
フグ
タケノコをアナゴで巻いた一品。アナゴは油をかけながら焼いた後、焼台で余計な油を落とすという手間が、味に厚みを生む。仕上げは、アナゴの骨とハマ納豆を煮詰めたソース。ウドやワラビなどを添えた料理からは、春の匂いが立ち昇る
当時、界隈にはお茶屋が多く、仕出しを中心に営業していたが、現在は店で料理を供することがほとんど。昼の懐石は3500円~、夜は8400円~。

美しき料理と器の出合い 料理という芸術を食す

艶やかな春の味 健やかな食材を吟味

白子のちり蒸し
穴子と筍の片身替わり飯蒸し。もち米は出汁をかけながら蒸し、塩で引き締める。椀の中では上品な飯蒸しが、日本画さながらの空間を生む。蓋を開けた瞬間、歓声を上げる客も多いのではない
ふぐのたたき
春の主役は京都産タケノコ。白子と言われるぐらい柔らかく、香り高いタケノコに明石産の伝助アナゴを合わせる。タケノコは若竹煮などスタンダードな料理を中心に、天ぷらや吸い物にも使う。アナゴは、明石産にこだわった伝助アナゴを使う。太短く肉厚なので、食べごたえも十分だ

フグ料理
か骨董商を巡って買い集めた器は、民芸作家が手掛けた素朴なものも。「器を選ぶ時は、どんな料理を盛り付けるかイメージしています」と寺田氏


杢兵衛

■京都市東山区祇園町南側570-120 
 075・525・0115
 11:30~14:00 17:00~22:00
 日曜休 
 要予約
2007年4月号掲載
※当時の記事の為金額等に変更がありますのでご確認下さい。

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