京都の料理職人達 vol.15
【貴船 右源太】 鳥居 宏行 氏
スピードに流されず
時間をかけて味わうこと
貴船といえば、夏の川床。清涼感と野趣に溢れた風情に、多くの人が魅了される有名なイベントだ。ここ【右源太】でも、夏は随一の繁忙期。だが当主の鳥居宏行氏は、貴船は冬にこそ独特の良さがあると主張する。静かに降る雪が街灯に青く光り、囲炉裏じかけの掘り炬燵でゆっくり鍋が煮えるのを待つのは、確かに魅力的な夜だろう。
そんな時間にふさわしい鍋を、鳥居氏は、模索の果てにようやく昨秋完成させた。
「気生根鍋」と名づけられたこの鍋は、丸二日かけて下煮したスッポンがベースになる。味つけは特製の醤油と酒だけとは思えないほど、澄んだスープはなんともかぐわしい香りを振りまいている。臭みやえぐみが全くないのは、貴船の水の良さも影響しているのだろう。
スッポンをさらったら、そのスープで猪肉をしゃぶしゃぶにして食べる。しかしこれもまた、強烈な個性を持つ食材だ。力と力のぶつかり合いはくどくないのだろうかと、おそるおそるも箸を運ぶと…。不思議にも、普通のダシを通すより、肉は数倍うまみを増している。スッポンスープの滋養を吸って、しっとりとやわらかくなった猪。牡丹の異名にふさわしい華だ。
「昆布と鰹のダシは、1+1が、2ではなく7だとよく言われます。それと同じことが、どうやらスッポンと猪の間で起こっているらしい」。鳥居氏の説明はとてもわかりやすい。がそれ以上に、実際に舌の上で実証されれば、納得せざるを得ない。
「でも、ここまではそれぞれの肉の味のこと。本当のビックリはここからですよ」。
その予言の通り、野菜を入れたとたん、スープが劇的に甘くなったのである。シンプルだったスープが、いきなり中華の八宝菜のような味わいに変わる。鍋の一過程とはとても思えない、はっきりとその地点を意図して作られたもののような説得力である。
「こっそりみりん入れたやろ? って言われますけど、全く手を加えてませんよ。野菜のダシなんでしょうけど、ほんと不思議ですねぇ」。したり顔でなく共に首をひねってくれる鳥居氏の顔が、湯気の向こうでやわらかく歪む。
この鍋は、一種類ずつ順に食べていくからこそ美味しい鍋なのだという。最初から寄せ鍋のように煮てしまうと、味の変移が楽しめず、強い味に食べ飽きてしまうからだ。途中で他の具材が気になっても、焦らず先走らず、じっくりと変化を見つめながら進んでいける、腹の据わりかたが必要なのである。それはちょうど、ひと気少ない貴船の冬の楽しみ方だけを10年以上も思いをこらして考え続けた、鳥居氏の姿に重なって見えた。
そんな時間にふさわしい鍋を、鳥居氏は、模索の果てにようやく昨秋完成させた。
「気生根鍋」と名づけられたこの鍋は、丸二日かけて下煮したスッポンがベースになる。味つけは特製の醤油と酒だけとは思えないほど、澄んだスープはなんともかぐわしい香りを振りまいている。臭みやえぐみが全くないのは、貴船の水の良さも影響しているのだろう。
「昆布と鰹のダシは、1+1が、2ではなく7だとよく言われます。それと同じことが、どうやらスッポンと猪の間で起こっているらしい」。鳥居氏の説明はとてもわかりやすい。がそれ以上に、実際に舌の上で実証されれば、納得せざるを得ない。
「でも、ここまではそれぞれの肉の味のこと。本当のビックリはここからですよ」。
その予言の通り、野菜を入れたとたん、スープが劇的に甘くなったのである。シンプルだったスープが、いきなり中華の八宝菜のような味わいに変わる。鍋の一過程とはとても思えない、はっきりとその地点を意図して作られたもののような説得力である。
「こっそりみりん入れたやろ? って言われますけど、全く手を加えてませんよ。野菜のダシなんでしょうけど、ほんと不思議ですねぇ」。したり顔でなく共に首をひねってくれる鳥居氏の顔が、湯気の向こうでやわらかく歪む。
この鍋は、一種類ずつ順に食べていくからこそ美味しい鍋なのだという。最初から寄せ鍋のように煮てしまうと、味の変移が楽しめず、強い味に食べ飽きてしまうからだ。途中で他の具材が気になっても、焦らず先走らず、じっくりと変化を見つめながら進んでいける、腹の据わりかたが必要なのである。それはちょうど、ひと気少ない貴船の冬の楽しみ方だけを10年以上も思いをこらして考え続けた、鳥居氏の姿に重なって見えた。
鳥居宏行氏 とりい ひろゆき
‘63年、京都生まれ。貴船を代表する老舗料亭【右源太】を継ぐことは決まっていたが、実際に料理の世界に入ったのは23歳と遅駆けの部類。京都市内の料理店やホテルなどで修業の後、26歳で貴船に戻る。その後、ローカルアーティストを応援する【貴船ギャラリー】や喫茶店【貴船倶楽部】を展開。‘04年から本館の改装に着手し、気生根鍋も考案。「15年かけてようやく確立できた」自分なりのスタイルで、新生【右源太】の舵を取る。
シーズンオフの冬にこそ
愉しみを満喫できる旅館
古くは貴船神社の社家として、歴史を重ねてきた料理旅館。夏は清流の涼しさを味わう川床での活川魚料理、秋冬は地物の鍋で有名。今回紹介した気生根鍋は一名18112円(税込、二名より)。昼夜ともにいただけるが、三日前までに予約が必要。一泊二食付39900円~。囲炉裏や暖炉を堪能できる贅沢な部屋には心酔。
洗練された空間にも
心が浮き立つ夜
宿泊客のための部屋は和洋の二室。床暖房の入った暖かい居室は、広く開放的な垢抜けた空間。檜の香る露天風呂も楽しみで仕方がない
貴船 右源太
■京都市左京区鞍馬貴船町76番地075・741・2146
11:30~21:00(入店~19:00)
http://www.ugenta.co.jp>
2006年2月号掲載
※当時の記事の為金額等に変更のおそれがありますのでご確認下さい。
※当時の記事の為金額等に変更のおそれがありますのでご確認下さい。