京都の料理職人達 vol.13
 【懐石・宿 近又】 鵜飼 治二

京料理の基本を伝える
伝統の担い手としての意思

 [京懐石 近又]は、享和元年(1801年)発祥の老舗である。しかし元々は近江国からの薬商人たちのための宿屋であり、京料理を本格的に提供するようになったのは、現当主・鵜飼治二氏の父、六代目又八の頃からである。意外にも、料理店としての歴史は若い。
 そのためだろうか、鵜飼氏の料理の勉強は、基礎から全てを体系的に学べる調理学校で修められた。卒業後の修業も他の料理店ではなく、目と鼻の先にある錦市場の鮮魚店で、毎日生きた魚と正面衝突することでなされた。普通の料亭で一年や二年働こうと、大切な魚を扱うにはまだ早いと言われるものだ。いそぎ家督を継がねばならない身にとって、この経緯には何より重大な意味があった。
 「そしてそれ以上に、名実ともに錦の一員になったことは大きかったですね」と鵜飼氏。
 錦市場が観光地化されたと言われて久しいが、むしろ、行楽客がむらがる昨今だからこそ、本職の料理人としての市場との結びつきはいっそう奥深くなくてはならない。問われるのは確かな目、情熱、そして誠実なコミュニケーションだ。ふと気を抜いておろそかにでもなれば、市場というものはたちまち冷たくなる。強烈な仲間意識をものがたる、良くも悪くも、いかにも京都らしい一面だ。
 「でも地元と仲良くするのは料理屋の原点だと思っています。結納や披露宴でも、町内会の行事でも、いちばん身近な方々に使っていただけなくては」。
 その「原点」という考え方は、料理の表現方法にもはっきりと現れている。[京懐石 近又]の料理は、奇抜なことをしない。
 「若い人たちが外国食材を使ったりしているのは、刺激的ですばらしい。でも、日本料理のベースを伝えていこうとする僕のような人間もいないとね」。
 京料理という完成形のスタイルを次世へ伝えていく責任は、二百年の伝統を持つ[京懐石 近又]にとっては自らの歴史と重なるリアルな問題でもある。国の文化財にも指定されるこの京町家を、たやすくビルにしてしまえないのと同じだ。

 ただし、守って伝えるということは、何もしないということではない。その料理も伝統的でありながらも古臭さを感じさせないのは、熟考された季節感によるところが大きい。素材はもとより色や香りやムード、五感のすべてで四季を演出すべしという京料理の伝統は、実はささやかな変化にも敏感であらねばならないということである。そこが、はんなりしつつもある種の鋭敏さを感じさせる理由だろう。
 伝統とは、いっけん保守的に見えて、しかし決して停滞することではないのである。

鵜飼 治二 氏 うかい はるじ
'52年、京都市生まれ。大学卒業後、京都調理師専門学校に入学し正確な調理技術を学ぶ。その後は錦の鮮魚店[まる伊]で働き、'79年に七代目又八を襲名。調理場で包丁を振るうだけでなく、プロの技を初心者でも学べることで評判のミニ料理教室を開いたり、現在は[草喰 なかひがし]の中東氏や[京都吉兆 嵐山本店]の徳岡氏らと共に日本料理アカデミーの活動を通して子供たちの食育に関わるなど、多方面から日本料理の普及に努めている。

京の台所を間近に控え
二百年の歴史に輝く店

 錦市場より徒歩1分という立地は、アクセスのよさだけでなく、食材の新鮮さも物語るもの。木造二階建ての伝統的な京町家は、2001年に国の登録有形文化財の指定を受けた名所。趣を凝らしたしつらえや、貴重な器の数々は一見の価値がある。
春らしさを存分に表現した先付と蒸物。初鰹や加茂茄子や一寸豆など旬のものに夏柑を効かせ、土佐酢のゼリーをかけたさわやかな一品。緑も鮮やかな一寸豆の餡をかけた春山百合根饅頭には地鶏のミンチを射込み、天には桜の花びらに見立てた百合根をあしらう
座敷での食事は昼8000円~、夜16000円~。テーブル席では昼5000円~、夜12000円~。

出合いもの
想像する美味な味の相性

風薫る五月
一点の曇りもない季節の恵み

」
秘伝の付け醤油をかけて焼いた鯛兜焼は[近又]の名物。春の鯛は特に桜鯛と呼び珍重され、兜の名で端午の節句にもちなんでいる
茄子と油、田楽味噌とくれば鉄壁の好相性。定番品ながら、きれいな翡翠色やさわやかな食感のために細心の仕事をするのが料亭だ

しみ一つない美しい緑色の一寸豆は、春から初夏の時期だけのご馳走。夏が旬と思われがちな加茂茄子も、実はこれからが美味しい季節


懐石・宿 近又

■京都市中京区御幸町通四条上ル407
 075・221・1039
 12:00~13:30
 17:30~19:30(いずれも入店)
 水休(祝日の場合は営業)
 完全予約制
2006年6月号掲載
※当時の記事の為金額等に変更がありますのでご確認下さい。

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